[第1話] タイルの日

タイルにも「タイルの日」があります。
化粧煉瓦、貼付煉瓦、装飾煉瓦、貼瓦、敷瓦など、
さまざまな名称で呼ばれていた
「建築物の壁、床を被覆する板状の陶磁器」が
「タイル」という名称で統一された
大正11年4月12日がそれにあたります。

先日、その名称統一90周年記念講演を聞いてきました。
約4650年前のピラミッドに使われた世界最古のタイル。
法隆寺の敷瓦として使われた日本最古のタイル。
時空を超えてのタイル探訪に、
あらためて陶磁器タイルの耐候性、防火性、防水性、
そして建物を彩る意匠性、永遠に色あせない恒久性にすぐれた
素晴らしい建築資材であることを実感しました。
また、タイル職人として、
建築物を装飾し、かつ風雨などから護り、
歴史に残るものをつくりあげる仕事をしていることに
誇りも感じました。

いま、日本のタイルは衰退していると耳にします。
しかし私にはそうは思えません。
たかだか90年前にタイルと呼ぼうと決めた日本に
タイルの繁栄などという時期があったのだろうかと
私は疑問に思いました。
現場で一緒に仕事をする手練の職人達も
「昔はよかった」などとよくいいます。
タイルを愛した建築家ガウディが設計し、
今も建設が続くサグラダファミリアの着工は、
いまから130年も前のことです。

タイルに代わる新建材の出現で
需要が減っているのは事実です。
でも、タイルの競争相手は安価で味気のない新建材ではなく、
過去につくられた素晴らしいタイルだと思います。
魅力あるタイルをつくり続ければ、
それは発展、進化でしょう。

数百年、数千年後の人に
「このタイルは素晴らしい」
そう言われるタイルをつくり、建物に張りたい。
そう心に刻む「タイルの日」でした。

[第2話]裏足のロマン

タイル職人は、
タイルの表面をいかに美しく見せるかと同時に、
タイルの裏面をいかに下地に接着させるかに
気を遣いながら仕事をします。
高所からタイルが剥がれ落ち、
人を死に至らせることもあると恐れながら
タイルを張ることはよくあることです。
その接着に大きな役割を果たすものが
タイルの裏面にある凹凸、裏足です。

私はタイルを張る時に
タイルを張り付ける施工箇所、
雨にあたるのか、あたらないのか、
壁なのか、床なのか、
その下地の状態、タイルの吸水率、
そして裏足その形状を見て、
接着剤の選択、施工方法を判断します。

そんな重要な裏足には、
メーカー名が刻印されていて、
タイルメーカーのこだわりが見えてきます。
海外のタイルには張るつけて見えなくなるのが惜しい
と思うほど可愛くデザインされた裏足もあります。
タイル職人にとっては
タイルは表よりも裏が重要なのです。

私の長年の夢は自分のサインを裏足にすることでした。
自らデザインしてタイルを作り、
自分のサインの入った裏足を建物に合体させたい。
張ってしまえばそのサインは誰にも見られなくなりますが、
もし剥がれ落ちたら私のサインが出てくる。
私が死んだあとにでも
後世の人がその裏足を見ることがあるかもしれない。
そんなことにタイル職人としてロマンを感じていたからです。

一昨年、そのチャンスがきました。
モロッコの幾何学模様のモザイク“ゼッリージュ”を
施工して欲しいという依頼でした。
私がモロッコで修業したことを知り、
そのモザイクを施工できる職人は
日本では私しかいないと、探しに探して
見つけ出したということでした。
はじめはモロッコでタイルを買い付け
それを施工しようとしていました。
しかし、モロッコのタイルは吸水性が高く、
雨にあたり水を含み、凍るとタイルが爆裂する
凍害にあう危険性があったことと、
私の夢を実現させるという理由で
自分でタイルを作ることにしました。

私のサインの入ったタイル

夢が実現すると、次なる夢があらわれます。
いまの夢は、
より多くの建物に私のサインの入ったタイルを張る、
私が生きているうちは剥がされず裏足が見えないこと。
もう生きているうちには叶わない夢です。
ひとつひとつ作り、ひとつひとつ張る。
夢を裏足に託して...

横浜の個人住宅の中庭

横浜の個人住宅の中庭

[第3話]夜空に想いを

先日7月7日の七夕に、
星を基調にしたデザインのワークショップを催しました。
日本のタイルは単純に四角いタイルの連続で
空間を埋め尽くすのが当たり前ですが、
世界にはさまざまなタイル張りがあります。
特にモロッコのタイル張りは
いろんな形のタイルが組み合わさり、
まるで宇宙空間のような無限の広がりをみせます。

夜空に想いを馳せる七夕に
星形のモザイクタイルを組み合わせた鍋敷きをつくる
ワークショップを開きたいと頼まれたのは2か月前のことでした。
デザイン画を決め、5月の中旬からタイル制作を開始しました。

はじめにタイルの原型をつくり、石膏型を作ります。

はじめにタイルの原型をつくり、石膏型を作ります。

そして、できた石膏型に粘土を押し込み
いろいろな形のモザイクタイルを作っていきます。

できた石膏型に粘土を押し込み いろいろな形のモザイクタイルを作っていきます。

色のオプションも考え、約2500個のタイルが必要でした。
日頃のタイル職人としての現場の合間に
アトリエに籠って作っていましたが、
到底間に合わないので、いろんな人に声をかけ
アトリエで多くの人に手伝ってもらいました。

七夕当日に集まってくれた人は13名、
そのうち女性が11名、男性が2名でした。
タイルというものは、どうも女性に人気があるようです。
住まいの清潔を保つところに欠かせないタイルは
男性よりも女性のほうが身近に感じるのかもしれません。

ワークショップの作業手順は、
まずタイルを木枠に並べてデザインを決めてもらいます。
決まったら紙に糊をつけて裏返しに並べて動かないようにして、
ボンドを塗って木枠に張り付けます。

決まったら紙に糊をつけて裏返しに並べて動かないようにして、 ボンドを塗って木枠に張り付けます。

よく叩き込み平らにしてはみ出たボンドを取り、

よく叩き込み平らにしてはみ出たボンドを取り、

目地詰めして完成です。

目地詰めして完成です。

今回のワークショップを通じて、
タイルはオシャレでかわいく、
タイルは多くの人がときめき、
タイルは心を豊かにし、
タイルは使う人を笑顔にする。
そう思いました。
タイル張りが無限に続く宇宙に例えられるように、
タイルの魅力は宇宙のように無限なのだろう。

ワークショップの様子

[第4話]タイルの味

「このタイル1枚の値段は草加せんべいよりも安いんだ!」
そんな会話を耳にしたことがあります。
タイルの値段の安さを草加せんべいと比較して嘆いているわけです。

生地をのばして平らにして焼くタイルは、まさしくせんべい。
タイルには味もあります。
その味は、機械の大量生産ではなかなか出てきません。

日本のタイルメーカーはつねに値段との闘いで、
生産ラインの合理化によって値段は下がりましたが、
タイル特有の味を失いました。
職人が1枚1枚愛情を込めて
丹念に焼き上げたせんべいよりも
味を失ったタイルが安いのは当然かもしれません。

ひと昔前の日本のタイルにはいい味がありました。
そういうタイルが建物に残っていても、建物ごと次々と壊され、
味気ない建物に変わっていきます。

日本人は新しい物好きで、
建物も壊しては建て替えるのが好きなようです。
そのわりには“ガウディ”がいいなどと言って
海外の建物を探訪したがるのも日本人です。
他人の評価ではなく、自分の好みを見つけ、こだわり、
それを大事にすることを、
もっとするべきだと思います。

タイルは張り方やちょっとしたアイデアで、
いろんな表情になります。
カタログやショールームにない張り方を
自分で考えてもいいわけです。

一般的には壁に使うタイルを床に施工し、手づくりのタイルを散りばめています
写真1 一般的には壁に使うタイルを床に施工し、手づくりのタイルを散りばめています。

床用の天然石をキッチンの壁に張ったもの
写真2 床用の天然石をキッチンの壁に張ったもの

写真2では、床用の天然石をキッチンの壁に張っています。
実は、使用してすぐに油のシミができたとクレームがつきました。
天然の石なので飛びはねた油を吸ってしまったのです。
私は「それなら全面シミにしてみよう」と
オリーブオイルを全面に染み込ませました。
すると石の発色もよくなり、汚れもつかなくなり、
それまで以上に味のあるキッチンになりました。
そんな失敗が、隠し味になることもあります。

メーカーや設計士が考えたものだけでなく、
タイル職人と相談しながら、
自分なりの味付けをし、自分好みの味に仕上げる。
そんな風にもっと自由に、
タイルを楽しんでほしいものです。

タイル張りの浴室

[第5話]タイル張り

「タイル張り」と「タイル貼り」。
どちらが正しいのでしょうか?
いままで私は、
タイルを貼り付けるので「タイル貼り」のほうが
正しいのではないかと思っていました。

「タイル張り」とは、我々タイル職人にとって
建物にタイルを張り付けることにほかならないのですが、
数学の世界では、平面を図形で埋め尽くす操作を
「タイル張り」というそうです。

私が8年前にタイル屋として独立した当初、
問屋さんからツケが利かず、タイルを買うお金もなく、
懇意のタイル屋さんから現場で余ったタイルをもらい、
パッチワークのようにつぎはぎにタイルを張り、
デザインが伴う仕事をしていました。

タイル 施工店舗①

タイル 施工店舗②

タイルだけでパッチワークしていると、
徐々にデザインにも行き詰まり、
タイルは予算的にも高価なので、
他の素材にも興味が湧いてきます。

数年後、
タイルと一緒に
石、ガラス、木、布、紙、漆喰などの左官材を使い
壁面を装飾しました。

タイル 施工店舗③

この仕事で、タイル以外の素材も
タイルなのだと実感できることができました。

そしていま、
初めてタイルを使わず左官だけでタイル張りをしています。

タイルを貼り付けるのではなく、
図形を張り巡らせる、
タイルを張らない「タイル張り」。

「タイル貼り」ではなく、「タイル張り」のほうが
正しいのではないかと思う
今日この頃です。

タイル 施工事例④

 

[第6話]日々是精進

夏の終わり、まだオリンピックの興奮冷めやらぬ頃、
初めてプールをつくる仕事をしました。
国際大会も開催できる公認プールです。
タイル自体は100㎜×200㎜の通称“弁当箱”と呼ばれる
慣れ親しんだタイルでした。
しかし、現場には独特の緊張感がありました。
1/100秒を争う競技に不正があってはいけません。
プールの全長はもちろんのこと、
ラインの太さやメートル表示、
オーバーフローの水平さなど、
1/100㎜の誤差にかける職人たちの競演を
目の当たりにし、
私もまだ経験が足りないなと痛感しました。

プール

そんな矢先、
友人であるタイル職人から連絡がきました。
「いま3000㎜×1500㎜角のタイル張ってるんだ、手伝いに来てくれ!」
「3000㎜×1500㎜? そんなタイルがこの世にあるのか? 」
それはイタリア製のタイルでした。
最近、大判のタイルが流行りで
60cm角のタイルはよく施工しますが、
これは大きすぎてどうやって張ったらいいのか分かりません。
イタリア人はなんてスゴいものをつくるのだろう。
初めてタイルを張るような感覚で仕事しました。

工具

新しい体験を立て続けにし、
タイルに対する飽くなき探求に精進しなければいけない。
そんな熱い想いが込み上げてきます。

 

[第7話]タイルの加工

タイルは、
お皿やカップなどの焼き物と同じように
全世界で生産されています。
その土地で産出される土により、
またその土地に合った作り方や焼き方により、
まさに生産地の風土によってさまざまです。

現在、世界各地からタイルは輸入され、
そのさまざまな陶磁器のほかにも、石、ガラスなど
多種多様なタイルを
現場に施工するのがタイル職人の仕事です。
その施工において、ことに不可欠で技術を要する作業が
タイルをカットすることではないかと私は思います。

タイルのカットはダイヤモンドの刃が付いた電動工具を用います。

素焼きのような低い温度で焼かれたタイルは
脆く、釉薬が飛びやすかったり(「剥がれやすいの意」。職人は「飛ぶ」という)
反対に高温で焼かれたタイルは
硬く、ガラスのように割れやすかったりとタイルの特徴をとらえて
カットしなければなりません。

技術を要するということは、
職人同士の技の競い合いの材料にもなり、
技術を生かした遊び心を楽しむこともできます。

330㎜角タイルの文字の切り抜き

タイルを加工して作った‘マラケシュ’というボードゲーム盤

タイルは加工が難しい素材です。
でも、できないことはありません。
そこにタイル職人がいる限り。

[第8話]一年の計

一年の計は元旦にあり。
何事もはじめが肝心だという意味でよく使われますが、
現場の職人たちのあいだでもよく使われる
似たような言葉があります。

段取り八分、仕事二分。
仕事をはじめる前の段取りで、八割がた作業は完了している。
つまり、段取りがいかに重要かということです。

タイル張りでいう段取りとは、
タイルを選び、どういう風にタイルを張るかを決め、
タイルの割り付けをする墨出しがそれです。

墨の付いた糸でタイル割りを行う墨出し

タイル選びはお客さんの要望に応えられるように
よく話し合い、あまたあるタイルから
どんなタイルを選ぶといいかアドバイスします。
例えていうなら料理人が
お客さんの好みや予算に合わせ
食材をチョイスするのと似ています。
どういう風にタイルを張るかとは、
その食材をどう料理するかということでしょう。

タイル張りの基本形はシンメトリー。
左右対称です。
しかしそれを崩すことでおもしろい見え方を
する場合もあります。

左から、縦と横の目地を通す芋目地。縦の目地を互い違いにする馬目地。目地をなくす、眠り目地。タイルを斜めに張る四半張り

同じタイルでも見え方はいろいろです。

前話では、タイルのカットは職人の手にかかれば
自在であると書きましたが、
タイルのカットをなるべく少なく割り付けることが
タイル職人の真骨頂であるとも言えます。
段取りがよければ、
より早く、より綺麗にタイルを張ることができます。

タイルを選ぶ楽しさ。
タイルを割り付ける喜び。
タイルを張る幸せ。
それを噛み締め、いい段取りをして、
来年もいい年にしたいと思います。

[第9話]タイルが好き

「タイルが好きなんです、アトリエに伺ってもいいですか?」
という連絡をよくいただくようになりました。
とくに20代30代の若い女性が多く、
これはタイルブームの前ぶれではないかと思うことがあります。

しかし、話を聞いてみると
「タイルの選び方、使い方が難しい」
「どこでタイルが手に入るか分からない」
「家に張りたいけど今の賃貸の家では無理」
そんな否定的な声が聞かれます。
「海外で見てタイルを好きになりましたが、欲しいタイルがない」
ということも耳にします。
タイルは好きで魅力的であると思っている人は多いけれど、
遠い存在になっているようで残念に思います。

私は現場でタイルを張ることを仕事としていますが
ライフワークとしてタイルを作り、
作りたいという人がいれば教えることもしています。
タイルは世界中のメーカーが多彩なタイルを生産していますが
人の好みや用途はもっと多様で、まさに十人十色です。
タイルが好きで、こだわりのある人には
タイルを選ぶというところから
作るという選択肢がもっとあっていいと思います。

チョコレート型とクッキー型を使い、子供服ブランドのイベント用に作ったタイル

海外では当たり前のように使われますが、
安く、早く、長持ちしなくてもいいという家づくりの傾向から需要が減り
日本では遠い存在になってしまったタイル。
住宅に使わなくても、まずは身近に感じてもらいたいと
最近はお菓子づくりのようなタイルづくりに凝っています。
粘土を練って、型で抜いて、焼く。
クッキーを作るのと同じです。
私はタイルのプロだと自負していましたが、
教えてくださいという人たちから
逆に教えられることが多く、
その感性を吸収すべく、
「タイルが好きなんです、アトリエに伺ってもいいですか?」
という連絡をいつも心待ちにしています。

粘土を練って、型で抜いて、焼く。 クッキーを作るのと同じです。

 

白石 普(しらいし あまね)

白石普タイルワークス代表。
アトリエ Euclid(ユークリッド)主宰。
芸術家一家に生まれ幼少より美術、芸術に親しみ、
イタリア留学やモロッコのモザイク工房での経験を生かし、
デザインからタイル制作、施工まで行う異能のタイル職人。

メールアドレス shiraishi@euclid-inc.jp
HP http://euclid-inc.jp/
Facebook https://facebook.com/Euclid.jp/

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