チルチンびと広場 ChilChinbito Gallery

研介は幸せ者

 歩けない頃から空にヒラヒラするものが好きで、新聞紙につけた紐を引っぱりながらハイハイしていたのが、研介の凧人生の始まりかもしれません。
 元々凧揚げが好きだった父と兄と善福寺川緑地公園で“凧揚げデビュー”し、凧名人や凧好きの人たちと友達になりました。 3才までは歩行が難しく二語文が出たのは4才頃ですが、凧仲間とのかかわりから社会のルールを学び言葉も増えて行きました。 小さい時から凧は“父親と研介の世界”として、私はなるべく手を出さないようにしてきました。 研介の部屋に入ると体中に凧糸や竹ひごが絡まってくるような日々、一年中作り続けている凧は揚げて壊れて消滅していきます。 帰る術も知らぬまま電車に乗り、大凧揚げ祭りに行った浜松や座間や春日部目指して一人さまよい、保護された時に迎えに行くのが長い間母の役目でした。
 「研介さんは好きなものがあっていいね!」とよく言われます。 あんなにも全身全霊で情熱を傾けられるものに巡り合えた研介は幸せ者。 障害があっても凧を愛する事で周りの人達が彼を理解し認めてくださって、本当に多くの出会いに恵まれてきました。
 研介の凧に対する思いや感性を大切に見守ってくださった方々に、心より感謝いたします。
 母 大野めぐみ