みかげ石

麻帆に教えてもらった『みかげ石』にペストのことが書いてある。表現がすごい。

父が電話してきて言った。

そうだっけ。すっかり忘れていた。

父は該当する箇所を写真で送ってきた。読んでみると、なるほど、感動的な描写だった。

この『みかげ石』というのは、オーストリアの作家アーダルベルト・シュティフターの作品集『石さまざま』の中のひとつなのである。私は昔からこの中に収められた『水晶』や『石灰岩』などの小説が大好きで、シュティフターを読んでみたいと言った父にすぐに岩波文庫の『石さまざま』を贈ったのであった。父に触発されて、私も久しぶりにページをめくってみた。

『みかげ石』は少し複雑な構造を持つ短編だが、その一部の話の筋は、以下のようなものだ。ピッチ(ロジン)焼きの一家が、ペストを避けて、森の奥深く逃げていく。しかし何処までも彼らを追いかけていくペスト。ペストはどのようにしてか、森の奥深くまで到来し、そこへ移住した家族の命を次々と奪ってしまった。が、たったひとり、男の子が生き残った。彼は家畜を離し、家を出る。そして森をさまよっていると、ブラックベリーの繁みの中で、白い服に黒いマントの女の子が死んだように眠っているのを見つけた。彼女も男の子と同じく家族をすべて亡くし、森に迷い込んだのであった。男の子は何日もかけて女の子を介抱する。ふたりは川の下流を目指して森を降り、とある村にたどり着くが、そこではペストは収束していた。初版では、挿絵画家ルートヴィヒ・リヒターによって二人の出会いの場面が描かれている。

目録のためのデータ取りが、日々の忙しさのため、なかなかはかどらない。そんな中でもN先生がお持ちだった故R先生旧蔵の1848年革命のポスターのデータ取りに取りかかる。そういえば、シュティフターの時代のものだ。活字からも革命の熱気が伝わってくるかのようだ。

ドイツでは、1848年革命以前の時代を「ビーダーマイヤー」時代と呼んでいる。ビーダーマイヤーのものというと、市民的であったり小サロン的であったり、自然に寄り添ったものであったり、日常的であったりする。家族や身近なものが大切にされ、その様式の特徴は「簡素さ」である。

シュティフターの作品はその美学に深く貫かれている。日本人にとって有名なビーダーマイヤー時代の人物といえば、例えばシューベルトであろう。交響曲など壮大なものより歌曲の方が代表作である彼の有り様は、ビーダーマイヤー的である。そんなビーダーマイヤー様式の図録にMさんよりご注文が来た。2006年にルーブル美術館などを巡回したビーダーマイヤーについての大規模な展覧会のものだ。大好きな本を商えることは古本屋として大きな喜びだ。