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セツ時代をうたう

イソノ ヨウコ(イラストレーター/柳家 小春・音曲師)
1987年~1989年在籍

遅刻して細い階段を上り、そっと教室のドアを開けると、クロッキーが始まっていた。ピピピッと鳴るタイマーの電子音。隣りの男子が、生徒と一緒になって描いていたセツ先生に質問した。「先生、靴を描くのがむずかしいんですが、どうしたら・・・」「靴?おマエ、まだそんなの早い!プーッ!」自分も靴がなかなか描けなかったのだけど、聞かないでよかった。

ある日の学校帰り、丸の内線にセツ先生があの細いパンツとシャツにウエストポーチ姿で颯爽と乗ってきた。映画の試写会に行くのだそうだ。学校じゃない場所でのセツ先生はひときわオーラがあり目立つ。シンプルで自分に一番似合うスタイルを知っているのってかっこいい。お洒落な生徒や風変わりな生徒もいたけれど、校長のセツ先生が誰よりも一番お洒落で自由。そして周囲の誰にでも同じように接する。言葉ではなくその存在感から多くを学んだ気がします。

セツで褒められるような綺麗な絵をなかなか描けなかった自分は、セツ・ゲリラの先輩達や上手な同級生は憧れでした。いまだに下手なままなので、聞かれなければセツ卒と言いませんが、ひとからはセツの絵だねと言われることがよくあります。リアルさではなく、構図や色の綺麗さや線の美しさ。そのへんは憧れながら、たくさん影響を受け、自然に勝手に学んでいたのだと思います。

現在の自分は、三味線と唄の演奏活動が主なので、セツの洋風美の世界とはまったく無縁に思えますが、自分の美意識に忠実に、世間にとらわれず我が道を行くということは、セツで学んだことかもしれません。そんな目立たない生徒でしたから、ご多分にもれず、エピソードといえば1、2度、セツ先生に耳を引っ張られたことくらいですが、20歳前後の輝くような2年間をあの素敵な校舎で過せたことはとても幸せです。
 

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  1. 内川瞳 より:

    丁度私の子供が生まれた頃に入学されたのですね。フランス映画「赤ちゃん万歳」だったかな?がヒットした頃で赤ん坊の息子を連れてセツに遊びに行きました。セツは色々な芸術家も多く巣立ってますね。三味線と歌とは粋ですね。今はメインのお仕事なのですね?大御所穂積和夫先生も多趣味の中から小唄と三味線やってらっしゃいます。拝見した事はありませんが色々な分野で自分を試すって人生観広がります。そんな意味でもセツ先生の自由の精神を自分なりに捉えて、私も日夜色々試したく,夜も寝ないで・・・・昼寝して・・・暗中模索?の中を漂ってます。

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