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涙のコーヒーブレイク

竹脇 麻衣(イラストレーター)
1995年~2000年在籍

デッサンをしていると階下から良い香りが上ってきてコーヒーブレイクの時間を知らせます。
ある時、階段下の椅子でコーヒーを飲んでいると、隣にセツ先生が座って、お給仕をしていた黒木先生とおしゃべりを始めました。
「今日は良いことがあったよ。試写会の帰りに電車で席を譲ってもらって、楽して帰ってきちゃった。」
そのとき、私は憧れのセツ先生と話せるチャンス!と意気込んで「でも、先生のようにおしゃれで若々しい方に席を譲ったら、叱られちゃうかもって思ってしまう。」と言うと、にこっと笑って「おまえ、卑屈だねぇ!」と言って、サッとどこかへ行ってしまわれました。
ほぼ初めて面と向かって話したのに、大好きなセツ先生にそんな言葉を放られ、びっくりした私の眼には涙が溢れんばかり。でもそれをこぼすまいと苦労していると、黒木先生が「あなたの言ったこと、わかるわ。気にしなくていいのよ。」と言ってくださいました。人生初と言っても過言ではない衝撃と、理解という優しさの間で呆然と立ち上がり、後半の授業に出席しました。卑屈だな、ひくつだな、ヒクツダナ・・・脳裏に木霊するセツ先生の言葉。でも、あれ?そうかも。あれやこれや考えて席を譲らないのは、譲りたくないからかも。それまでの人生、体裁と建前でなんとか世の中を渡ってきた私は、そんな自分を反省しました。
もちろんセツ先生は、そんな私をその後識別するはずもなく、ケロっとしたお顔で「お前、やせっぽっちだから、これ食べな!」と、新聞紙にくるんだ大きな山芋を突然下さったり‥。若造の私は翻弄されるばかりでした。
実のところ、セツ先生はあっちこっちで生徒を凍りつかせていましたが、潔さや信念のぶれなさから生まれるその発言には、悪意や裏表は微塵も感じられず、生徒達は複雑な表情をしながらも、先生の言葉を受け止めていました。

セツ先生の言う上品さは結構ハードルが高く、それを正直に実践すると、もしかしたらちょっと変わった人と思われることがあるかもしれません。でも絵を描く仕事をしていると、多少人と違っていても「ま、仕方ないよね」と言われるので、これからも益々追究して行こうと思っています。

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  1. 内川瞳 より:

    涙を必死でこらえた姿、いじらしく可愛いと思ってしまいましたよ。緊張してやっと言った言葉に放たれた返事が其のまんま突き刺さって悲しくなっちゃのね。ある意味セツ先生は、誰にも媚びない生き方を貫いて来たのでうやうやしく殿様扱いされるとテレまじりの冷たい言葉で逃げてしまうような理解しがたい神秘の謎めいた魅力的なヤンチャさを持っているのかもしれませんね。色々考えると分からなくなるのでスルーして行けば良いと気ずくのはズーと大人になってからです。それでも皆思い出せば其の生き方に近づきたがっているのですから凄いです。笑

    • 竹脇麻衣 より:

      内川瞳さま
      コメントありがとうございます。
      セツに通っていた人は、みんな一度はこんな経験をしているんじゃないかなって思います。
      でも、まっすぐな言葉の心地よさに、結局惚れ込んでしまう。
      瞳さんのおっしゃるように、そうなんです。
      あの生き方に少しでも近づきたくて、あの謎を抱えていたくて、
      そんな風に生きられることがちょっと嬉しくて。
      だから、セツ時代の友人と話す時が一番落ち着きます。

      竹脇

  2. つねちゃん より:

    先生がアッチコッチで生徒を凍りつかせていた ってとこすごく面白かった。私達時代よりずーっと若いマイさんの頃は、先生も私達時代よりずーっと年を重ねていて、ちょっと自由なヤンチャな感じだったかな?って、思い出しています。たまに、セツに顔を出しても、先生ちっとも変わらないって思っていたけど、マイさん達、若い生徒さん達を凍りつかせてたなんて、セツ先生らしくてその時代を覗いてみたいです。

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