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何も教えないはずがない

小池アミイゴ(イラストレーター)
1984年秋入学~10年くらいフラフラと

「ボクは何も教えないなんてことやってないよ!」
 「ボクはだれよりもキミたちに教えてるじゃないか!」
 ある日長澤先生がある生徒に向け激昂し、そう言いました。

その生徒が新入生に配った自身のイベントのチラシに記した『セツはなにも教えてくれない学校です』『だからこそ素晴らしい』そんなニュアンスの一文を目にした直後のことです。

『セツは教えない』
 それはセツに通うボクたちの共通認識であったし、長澤先生自ら語っていたことでもあります。

ただその『何も教えない』は、長澤節という美意識を浴びた上で、自分で選択して歩む表現の荒野での並走者のようなものであったはずです。

長澤節の『教える』は、長澤節の全身、その細部から発しられるものでした。
 絵を描くことはもちろん、ファッションコーディネートだったり、人との距離感を図った立ち姿などなど、長澤節は生きて来た時間すべてをもって教え、ボクたちはそこから1人ひとりの「孤独」と「自由」を駆使して学ぶのです。

そんな構図を先回りして『教えない』を語るわけにはいかず、また、その構図が世の中の『教えてあげる』と異なることが『セツは何も教えない』の一人歩きした姿だと思います。

ともかくボクは長澤節から多くを教えてもらいました。
 「ボクがなにか教えるより、友達から学ぶことが力になる」
 こんなスゴイこと「教えて」もらわねば、ボクは自分の振り回し方を誤って死んでいたかもしれないし。それは今も日々の学びの中でも生きていることです。

今はさらに『セツは何も教えない』という言葉を一人歩きさせぬよう、意識してその脇に立ち、表現の荒野で出会う若い人たちと言葉を交わしています。

そんなだから、本当に長澤先生を振り返えることが出来るのは、もっとずっと先なんだろね。

それでもひとつだけ。
 セツモードセミナーの窓の開き戸は、長澤先生存命中は白いペンキで塗られていて、それがオシャレでカッコよかったんだ。
 

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  1. 星信郎ゆう より:

    入学式の日に「セツでは何も教えない」のチラシを新入生にくばった上級生、いましたね。彼には全く悪意はなかったと思うがタイミング最悪。 僕はその彼の名前をよく覚えてる、できたらこの場のコメントに書き込んで欲しいなぁ。 セツでは皆んなちがって皆んないい世界であること、彼も確り心得ていたと思うが。
    小池くんの描いた白亜の美しいセツ校舎に見入って、いろんな事が蘇りましたよ、ありがとう!

    • 星先生、コメントありがとうございます!
      今回寄稿したのは、このサイトで星先生がマメにコメントしているのが大きく、
      それに応えるような気持ちでした。
      実際、ボクにとってセツモードセミナー まだまだ生々しい存在であって、
      簡単に振り返って語れるようなものではないのかもしれません。

      そんなだから「悪意の無い上級生」のことも、
      ある意味今からでも名誉挽回になればいいなと思いながら書いてみたよ。

      そもそも、長澤先生は彼のことも彼のやってることも応援していたわけで、
      ほんとタイミングが悪かったことだよね。。
      彼が当時訴えていたことは、今こそリアルに語り合いたいことだしね!

      そんなこんなもセツでの学び。
      そしてそれは縫い目の無い状態でボクの今に続いているよ!
      みたいなこと、
      今度会ったらまた話しましょう。

  2. 内川 瞳より より:

    アミイゴさん、初めましてこんにちは〜。私もはじめ聞いた時は,確かに普通の美術学校で教えるような事はしないから、中には何も教えてくれないとヤメた人人もいたことはいたらしい。セツに来るような人は美術学校に行く事を望んで来た訳じゃないから,何も教えない?その言葉を深く考えず受け流してしまう事もあったかもしれない。セツ先生から学ぶ事は沢山あったと言える人は、私も含めてものすごく多いです。ただ新入生に勝手な論議を風潮するのは良くないと思います。でも一人歩きしちゃったその言葉は違う見解に行ってしまったのかな?と思えなくもなく、何も教えない、と言う言葉がカッコいいと感じる人もいるという感覚だったのかも。どちらにしてもセツ先生の言いたい事はファッションや生き様で人の心をとらえていた。あらゆる見解を学ばせてもらいました。私の通っていた頃ではありませんがセツの夜間に通ってた高校生の男の子がセツの絵の評価で『ヤメるなよ』の一言で心が一変し、生きるのが楽しくなったと言う話を聞いた時、思わず涙が出そうになりました。

  3. 内川さん。
    はじめまして。
    そして真摯なコメントをありがとうございます。

    そうなんですよね、セツは雰囲気で語られがちな学校で、
    実際ボクもだれか面白いやつにでも出会えたらいいななんていう、
    clubに通うような気持ちも入学の動機にありました。

    で、実際に通うと、長澤節という「ひとり」の強烈な美意識を浴びるわけで、
    それを良きものととらえるか、苦手に思うか、
    その辺で学びの質も変わってゆくように思いました。

    ボクはたいした価値観も持たず入ったおかげで、出会うもの全てが新鮮で、
    セツでの学びは長澤節とセツモードセミナー 、そこで出会うすべての人たちの細部から得られた実感があります。
    (かなりウザい存在であったはずだが、、)

    そんなセツでの日々で、突然長澤節の骨っぽさ、もうちょっと言っちゃえば男っぽさに出会うことがあって、
    それは「シックで上品で、軽やかでしなやか」であるはずのセツでの学びに加え、
    セツを辞めた後の人生に強度や剛性を与えてくれたはずです。

    そして今、こんな感じで軽やかに内川さんという人と言葉を交わしている。
    素晴らしいことですね!

  4. 内川瞳 より:

    アミイゴさん、セツの思い出は、その時々の思い出が時代を超えて共感出来るのがステキですね。セツ卒の知らなかった人同士がセツ先生を通してお話し出来るこの時代はSNSなどのおかげで良い方向に行けば、こんな素晴らしい出会いとして認識できるのですから。セツ先生の偉大な力の賜物です。あらためてセツ先生亡くなって尚皆んなの心に生きてる事が、しみじみ良い時代に生きた喜びでもあります。しみじみと、じわじわと、じんじんと、じゃんじゃん、ジャカジャカ、、、だれか止めてぇ❣️

  5. 内川さん。
    じんじん、ドキドキを届けてくれてありがとう。
    ボクにとってセツはやはりまだまだ生々しく、思い返すというより、今でも実践の現場って感じです。
    なので、なるべく語らぬようなしていたかもしれませんが、こうやってお気持ちを届けてくださる限り、記憶の鍵がカチッと開くように思います。
    で、そうなるとやっぱ全身で語らなくちゃみたいない気持ちになってね、、
    以前なにかのメディアに寄せた「セツブレンド」のいう文書、今ここで必死にこいてセツを語る代わりにシェアしてみますね〜
    http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=13071
    ああ、あのコーヒー飲みたい!!

  6. 内川瞳 より:

    アミイゴさん、読ませていただきました❣️そちらの方にコメント書かせてもらいましたですよ!
    洒落た語り口が心地良いセツブレンドのお話でしたァ!❣️

  7. 内川さん。ボクのブログの方へのコメント、ありがとうございます!これからもコーヒーの香りを漂わせて生きてゆきたいな。

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