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シンプルと美

佐藤 由利子
1996年~1998年在籍

私は48才でセツ・モードセミナーに入学しました。それまでは家庭で、家事、子育てに専念していました。ある日、なぜか自分の気持ちが、がんじがらめになっているのに気付いたのです。妻という役割、母という役割、様々な大人としての役割に縛られて、心が苦しくなっていたのです。年齢的に節目だったのかもしれません。仕事をしている人にもそういう時期があると思います。
 その苦しさから抜け出す方法を考えているうちに、子供のころ好きだったイラストを描いてみようと思い当たったのです。セツ・モードセミナーは雑誌で見てよく知っていましたし、セツ先生の絵は大好きでした。年齢についての規則はどこにも書いていないので行けるだろうと思いました。
 実際、教室に初めて入った時も、先生をはじめ誰も私のことを気にしませんでした。若く見えたのかもなんて勝手に思っていました。
 授業の様子や先生の発言、逸話は、他の方たちが語り尽くしているのであえて書きません。セツでの思い出は誰にとっても大切な宝物です。
 
 とても私の網膜に残っている情景があります。
 卒業式の少し前のことです。学校の帰り道、例のモンマルトル風の階段を上った先の路地で、前方を歩いているセツ先生を見かけたことがあります。先生は下を向いて、心もち背中を丸め、ゆっくりと歩いていました。強い存在感が全体にあり、近寄りがたい気がして、距離を保ちながら後について行きました。まるで服を着たジャコメッティの彫刻のようでした。 あたりは夕暮時で猫が前を横切っていく・・・
 やがて先生は四ツ谷交差点を右折し、人ごみに紛れていきました。

結局、先生のことはひとことでは語れません。偉大とか立派という言葉も違う気がします。でも、こんなにたくさんの人の心に余韻を残す人は珍しいですよね。
 私が先生からもらった宿題は、「シンプル」と「美」という言葉をずっと考え続けることです。絵に対してだけでなく生き方に対しても。
 今、私は60代後半になりイラストレーターになろうという望みもありませんが、孫たちとお絵かきをするのがとても楽しみです。
 そんな時、先生の「A-!」という声を思い出します。
 

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  1. 星信郎 より:

    なるほど!これは凄い。こんな絵が一生のうち1枚でも描けたらなぁ〜、羨ましい。これはもう脱帽です。

  2. 佐藤由利子 より:

    星先生、お久しぶりです。
    身に余るお言葉、ありがとうございます。
    時間がたつにつれ、セツ先生が懐かしく思い出されます。
    またお会いしたいです。

  3. 87 より:

    佐藤さん、こんにちは。先日、キチムでデッサン行進で星先生と佐藤さんの2ショット写真を撮った私です。たぶん、入学と在学した期間がいちばん近いのは佐藤さんだと思われるので、ここに書き込みさせていただきます。

    セツ先生から、シナモンのようなナツメグのようなスパイシーな香りがしませんでしたか?私は香水のことはわからないのですが、友だちは「シャネルのエゴイストだよ」と言っていました。香水は人の体臭や体温と混ざり合って芳香するものらしいですから、きっともう『セツ先生の香り』を聴くことはないのだと思います。ステキな絵と偶然の出会いに感謝いたします。ありがとうございました。

    • 佐藤由利子 より:

      87さん、コメントありがとう。
      覚えていますよ。キチムに入った時すぐに話しかけてくれた
      方よね。写真も撮ってくれて、お世話になりました。
      しばらくパソコン開けていなくてごめんなさい。
      先生の匂いを嗅いだことはありません。エゴイストをつけて
      たんですかあ。。。セツ物語もだんだん伝説化していきますねーー
      私たち、実物にお会いできホントによかった。
      また、どこかでお会いできるといいね。

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