魂がつなげてきたもの 2

子どもの頃、私はメスのチャボを飼っていた。他にもいろいろ小鳥を飼って世話していたが、このチャボとは一種、不思議な関係が続いていた。

近所の年下の友達と遊ぶとき以外、私は多くの時間を庭で静かにしゃがんで過ごすのが常だった。チャボはニワトリに比して小柄で、子どもでも簡単に抱き上げることができる。私も抱き上げることもあったが、「よし、よし」とペットを撫でてかわいがるような接し方はしなかった。膝の上にそっとかかえると、チャボは居心地よさそうに丸まってうずくまる。普段は、庭の畑で存分に遊んだ後、チャボはいつも私のそばに戻ってきて、同じようにしゃがんでじっと座っていた。そうやってお互いにただ静かにじっと佇むことが多かった。薄暗くなるまで、身を寄せ合うようにして長い間一緒に座っていると、チャボと人間という種の違い、確固とした境界が溶けてなくなっていくような感覚に陥る。

私は庭にくる小鳥たちをただ見ることも好きで、その際にも、じっとしゃがみ続けた。当時、鳥たちと接するとき、私は自分の人間としての気配を消すように心がけていた。頭の中の思考を消すと意識が拡大し、ただ自由に「見る」存在に徹することができる。スズメやヒヨドリ、ツグミ、ヒワなど、みんな至近距離まで来てくれた。私は口笛、小鳥はさえずりで、お互いに相手を意識しながら声を掛け合うこともあって、かなり長く応答を続けることができた。そんな時は、人間的な言葉の感覚をすっかり忘れている自分がいた。本当に自由な世界を知っている鳥たちは、私にとって敬意を示すべき存在だった。

中学生になり、私は読書や音楽などの人間的な世界にのめり込むようになったが、チャボとは相変わらず言葉を介さない一体感を未だに共有していた。そんなある日のこと。学校での授業中、何の前ぶれもなく突然、「チャボが呼んでいる。すぐにそばに行かなくては」という思いがあふれてきた。それからは授業も上の空。当時、私は奈良から大阪まで電車通学していたが、学校が終わると駅まで走り、電車を待つ時間すら惜しいほどに、心はチャボの元に飛んでいた。帰宅して駆けつけると、待ちかねたかのようにチャボもそばに寄ってきた。いつものように一緒に佇むのだが、その日は言葉では言い表せない多くの感覚があふれてきた。同じ感覚をチャボも感じていることが、なぜだかはっきりとわかった。次第にあたりが真っ暗になっていくなか、ただ魂の存在だけを感じ合いながら、しみじみとした幸せな時空を分かち合い続けた。何かが飽和状態に達したのか、ふいに、「これでいい」というような感覚が訪れた。そして満ち足りた気分で、チャボは止まり木に、私は家の中へと向かった。

翌朝、チャボは亡くなっていた。しかし、私には悲しみや寂しさはまったくなかった。より広く自由な世界へと飛び立った、近しき同志への感謝だけが、心のうちに静かに広がっていた。昨日まで元気だったチャボの突然死、さらには、何年も世話していた私がさほど悲しんでいないことに、家族は驚いていた。私はむしろ、チャボとの絆がより強くなったようにすら感じられたのだ。魂と魂の交歓は、感情や理性を超える。子ども時代、私は確かに目には見えない広大な世界を感じていた。

…沖縄での旅の途上、目前に舞い降りてきてはサインを送り続ける鳥たちを見つめながら、私は久々に子どもの頃の感覚を思い出していた。あれから30年以上を経た、今の私。大切な人の魂の奥底からのサイン、本当の心の声を、時空を超えてキャッチできるほどに、私は魂を開放して生きてはいない。それは無意識、潜在意識の領域であって、その扉を開けたままでは、忙しく世知辛い日常を乗り切ることはできない。亡き人の魂を求めれば求めるほど、見つめなくてはいけない、自らの魂の深淵。子どもの頃のように、魂を開け放つことができたなら、旅立った大切な人との絆を感じることができるのだろうか。どうしたら、その錆び付いた扉を開けることができるのだろう。
 
魂がつなげてきたもの
 
 

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