写真集『田中敏溥・建築家の心象風景 2』は、田中さんが、生い立ちを語るところから、始まっている。田中さんは、新潟県村上市の、瀬波という港町の生まれである。四歳のとき、事情があって、母親の実家である造り酒屋に、引き取られ、祖母と暮らした。以下、写真集の“自伝”から。
けれども、幼い私は家族を恋しがって家に帰りたがるから、祖母は「遠けんか(遠いから)」となだめていて、そのうち「遠け家」(とおけうち・けは方言。遠い家という意味)が、祖母と私の間で私の実家を表す代名詞となっていった。それでも「遠け家帰りたい」とか「遠け家行きたい」と言って祖母を困らせた記憶がある。
……
この話が頭にあって、最後の“ むすびに”を読むと、こんな一節にぶつかった。
〈終りのない道ではあるが、私の「遠い家」を求めて設計の仕事を続けていこうと思っている。愛と勇気をもって。〉
預けられた祖母の家と実家までの距離は、3キロだったという。四歳の子どもにとって、それは「遠い家」だったという。その幼い日の記憶を、これまでも抱き、これからも、抱いて行くのだろうか。少し、切なくなった。そして、あらためて、写真集に収められた過去のたくさんの作品を見返すと、家々は、また違った表情で語りかけてくるのである。
『田中敏溥・建築家の心象風景 2』(写真・垂見孔士)は、風土社刊。A4変型版。176ページ。定価 本体4,800円+税。10月上旬発売予定。
―主な内容―
〈建築家の心象風景〉
新潟・村上の頃 / 東京へ / 建築家になる
〈コラム〉
学生時代の旅 / 旅とスケッチ / 木版画の年賀状 / BIN char
〈作品〉
国立の家Ⅳ / 玉川学園の家 / 益子の家Ⅲ / 吉祥寺の家 / 益子の家 Ⅳ / 湘南の家
軽井沢の家 / 多摩の家 / 名栗川の家 / 保土ヶ谷の家 / 国立館 / 浅科の家 / 腰越の家
桜ヶ丘の家 / タウンハウス・都市の低層集合住宅 / ソーラータウン西所沢 / 彩の街
四季の森・文化館 永平寺町立図書館 / 平野歯科 / ピュアビレッジ長岡
杉野服飾大学附属図書館
〈論考〉
設計作法・架構へのまなざし
対論・平良敬一 × 田中敏溥
〈人物エッセイ〉
益子義広・片山和俊・松山 巖・浜宇津 正