全国版コラム 大皿こぼればなし

野菜サラダ

ふるさと

中学二年の夏休み。プール解放で記録会が丸一日あった。その日、朝食はろくに取らず胃袋の内側をうっすら塗る程度で「超軽食」。朝から太陽はぐんぐん天空にのぼり体を刺すように炙る。抜けてゆく体力、そして水分。水泳は記録以前の問題で、結果は論外の「外」であった。もちろん帰宅するときは、グタグタのダーラダラ。途中で友だちと別れて一人になる。源生寺の首切り地蔵さんを通り過ぎて右折すれば・・・あとは目と鼻の先だ。急にガス欠を起こし、脱力。そして眼前は、一面黄色世界。身体は大きく前後左右に揺れ、足はアスファルトに取られて重くなる。身も心もフラフラしているとき、見知らぬ人に一声かけられた。なんと声かけされたかは覚えていない。でも、その励ましでどうにかこうにか帰宅することができた。家の中には誰もいない。門をあけるとすぐ段差があり、その先に入り口がある。這うようにして玄関にあがり、口に入れるものを探す。空腹が僕をして冷蔵庫のドアをあけさせる。中段の中ほどにあるガラスの深皿に盛り付けてある野菜サラダ。溢れんばかりにレタス、キャベツ、プレスハム、トマトそしてゆで卵のスライス。すべてが冷気の中でパリパリと背伸びをしている。マヨネーズをぎゅっと搾り出し、ひとくち食べたときの音と味―細胞のひとつひとつにエネルギーが手渡しで届けられていく。大満足と大幸福。すべてに大感謝。

コンビニで手軽に購入できるサラダ。創意工夫、あの手この手で種類も豊富である。たぶんどれを舌の上で美味しくいただいても、全身で「うまい◎◎」と膝うちできるものは、あの日のサラダの他はないと思う。

「君ノコト マッテイタンダヨ」  夏サラダ    宗介