全国版コラム 大皿こぼればなし

とうふ

雪中松柏

湯どうふと日本酒の熱燗――外は雪。強風のため人影は少ない。そんな景色を窓越しに眺めながら一杯。思い描いただけで体の芯から温かさが湧いてくる。自分の前にあるコンロの火がコトコト鍋を揺らしている・・・その音の風景もいい。日本人として生まれてよかったとおもう。

近所におじさんがひとりで切り盛りしているとうふ屋さんがある。朝暗いうちから仕込みに入り、大豆の蒸す香りがたちこめる。人肌のぬくもりのある匂いとはこのことに違いない。買に行くころにはひと段落がつき、穏やかに店番をしている。ステンレスのぴんっと水の張った桶の中に「大理石」のように沈んでいるとうふ。きれいに面取りされた姿に大豆の化身としての矜持と職人の技が硬質なものとして目に映るからだろう。しかし、いったん節だった右手ですくい上げられてボウルに移されると柔和な表情に変わる。いつもこの潔さには感服させられる。

鍋にだし昆布を敷いて水をいれる。中心に湯呑の腰の低いものを据える。その中にすりおろし生姜、ねぎのみじん切り、削り節、煮切り酒と醤油を入れ、最後にまだ熱しきってない「夏みかん」の搾り汁を贅沢に入れる。じつは、今年度が夏みかんのあたり年の豊作で、ジュースにして飲んでも追いつかず、なかなか捌けない。その一つを買い置きのポン酢がないのでかわりに使ってみたら大当たり。甘味に移行する前の酸っぱさがこんなに美味だったとは知らなかった。とうふを一口大に左手のひらで切り分け、湯呑のまわりに泳がす。斜め切りした葱を立てるように入れていく。最初は強火で沸騰する前に弱火にして、火が通ったらいただく。湯気の立つとうふを崩さないようにつけ汁にくぐらせて楽しむ。そのうえ卓上には熱燗がある。大袈裟にいえば、夢の演出が目の前にあるわけだ。かけがえのないこの時を崩さないように、口に運ぶ。そして一杯、また一杯。このステージは、夏みかんが底をつくまでしばらく続きそうだ。

夏みかん 切ってみたら(^0^)です   宗介