全国版コラム 大皿こぼればなし

壁から生まれた雀の子

空山獨夜

築四十年以上の木造二階建ての借家に住んでいたときのこと。二階の六畳間で就寝の準備をしていると、小学生の娘が「どこか上の方からちーちー鳴いているよ」と目をこすりながら小声でつぶやく。「たぶん子雀がおなかを減らしてお母さんにねだっているんだよ」とぼくは答えた。

翌日の朝のこと。階段の中ほどで、娘が家内に大声で「階段の壁から子雀が泣いて叫んでいるよ!」ぼくも現場に行った。「確かに、この壁の向こうに子雀がいる。誤って巣から落ちてしまったんだね」というと「助けないと死んじゃうよ」と娘は半泣き顔で訴える。壁の向こうならば穴を開けて、そこから救い出すしかない。工具箱から工作用のカッターナイフを持ってきて、壁に耳をあて場所を特定して作業にとりかかる。「よっし」思ったよりスムーズに□の穴を開けることができた。しかし、救い出すために手を入れようとすると入らない。□のサイズが小さすぎたのだ。困っているぼくの脇から、「やってみる、やってみるよ」と娘。「何か温かい。いる、いる、いるよ。つかんでだすからね」両手の中に優しく包まれている1羽の子雀。娘は急いで、朝食を食べランドセルを背負い「あとはよろしくね」と登校班の場所に急いだ。ぼくは笊で簡単なかごをつくり、外の格子にかけた。しばらくすると、子の鳴き声に反応した母雀が近寄ってくる。嘴に餌をくわえて口移しに与え始めた。「このままいけば巣立つことができる」とぼくは確信した。しばらくその場を離れて戻ってみると・・・いない。子雀の姿がない。近くで一匹の猫が満足げに座っている・・・まさか? 仰向けになって黄色い嘴はコンクリートの上でくったりとしていた。ピクリとも動かない。どうしようもない悲しみ。まだ温かい子雀を両手で包み込み、夏蜜柑と紅梅のあいだに埋葬した。小ぶりの丸石を置き、線香に火をつける。墓標には、毛筆で戒名を書いた――「大空飛雀童子」。

その日、娘が帰宅した。聞かれる前につくり笑顔で「子雀さ、元気に羽をバタバタさせて飛んで行ったよ」「ふうーん。よかったね」と言っていつものように外に遊びに出て行った。その娘は高校生に成長し、いまでもあの事実は、僕の中にそっとしまってある。いつの日か、僕という壁から子雀を解放したいと思っている。

線香の一筋の煙、その先に大空飛雀童子   宗介