第3回 小石原のやきもの・飛びかんな vol.3

小石原のやきもの・飛びかんな

 やきものと呼ばれるジャンルのモノづくりは、時代とともにそのありようを大きく変えてきました。
 たとえば、現代では個人作家が銘々に工房を構えてどこでも作陶ができるようになりましたが、古い時代に窯業を営むにはクリアしなければいけない地理的条件がいくつかありました。それを大まかに整理すると、以下の二つになると思います。

 1. 材料が採れること(良質の土と焼成用の薪)
 2. 環境が整っていること(築窯に適した傾斜地と水利のための川)

 これらが意味するのは、かつては厳しい自然の下でないとやきものの仕事が成り立たなかったということ。
 これまで二回にわたってお話ししてきた小石原(福岡県)も、上の条件をクリアしている陶郷。急峻な山々に囲まれ、急流がそそぐ美しい村です。

小石原のやきもの・飛びかんな

 僕は小石原を訪ねる際、福岡の筑豊地方と大分の日田地方を結ぶ日田彦山線を利用しています。
 霊峰英彦山の西麓をかすめて山あいをゆっくりと進むこのローカル線は、車窓からの景色が美しく、くつろいだ気分に浸れるのでとても好きなのです。
 温暖な九州の中でも高地にあるために春の到来は比較的遅く、4月の中旬には桜や菜の花など春の花々が一斉に咲き乱れ、まるで桃源郷のよう。普段は乗降客の少ない沿線の駅も、このときばかりは行楽客でかなりの賑わいになるのでした。

小石原のやきもの・飛びかんな

 昨年7月、美しい自然が広がるこの一帯を九州北部豪雨が襲いました。
 お付き合いのある二軒の窯元に連絡を取ると、鬼丸豊喜さんの窯は無事でしたが、和田義弘さんの鶴見窯は落雷で窯場を焼失したとのことでした。「何かできることはないだろうか」とこちらは心が乱れるばかりでしたが、和田さんは持ち前のバイタリティで、わずか3か月で復旧を成し遂げました。

小石原のやきもの・飛びかんな

 前回も紹介した青い飛びかんなの器は、制作再開後間もない窯焚きで上がったものです。
 あんな大きな自然災害が起こっても、器を細々と紹介することしかできない非力な僕。ただ、今はこうやって腰を落ち着けて小さな商いを続けてゆくことの大事さを痛感しています。結局は、ミニマルで澱みない日常こそが、モノづくりの継続に対する息の長い支援につながってゆくのではないか、と思っているところです。

 
 [追記]
 最後の作品画像以外は、災害が起こる前のもの。4回にわたる過去の訪問時に撮影したものです。
 日田彦山線は、南半分が不通のまま。費用が膨大なものとなることから復旧のめどは立っていないようです。