が家の朝食は一貫して洋食であった。
物心ついたころから、トーストとハムエッグのような献立だった。そして飲み物は珈琲であったように記憶している。
これは麻布時代のことなのだが、国立に越してきたころは、まだ母も元気で御飯に味噌汁、焼き魚というような和食であった時期もある。
しかし、年とともに面倒になったのか、瞳がトーストにチーズという組み合わせを好んだので、なんとなく洋食にもどったようだ。そして、珈琲なのだが、これについてはまた書くことにしたい。どうも紅茶がカフェインの含有量から苦手であったようだ。同様にして、瞳は玉露のような濃厚な日本茶も苦手だった。
両親が朝食をとる時間は早く、僕は寝坊だったので、朝食を一人で食べることが多かった。
あるとき、丸元淑生さんの『丸元淑生のシステム料理学』という食に関するエッセイを読むと、なるほどと感心する点が多かった。その中で知ったことを自分なりにアレンジして、朝食にホットケーキを焼くようになった。丸元さんのレシピはうろ覚えだが、小麦粉とそば粉のミックスだったと思う。
その真似をしたのだが、ペちゃんこのチャパティのようなものが出来た。そこで市販のホットケーキミックスを加えることにした。それで少しばかりふっくらする。しばらくはそれで通していたのだが、元々、アレルギー体質なので、どうも蕎麦のアレルギーになりそうな予感がしてきた。蕎麦アレルギーはアレルギーの中でも発作が起ると呼吸麻痺になるという重篤な症状をあらわすという。しかも、僕は大の蕎麦好きなので、アレルギーにはなりたくなかった。
そこでそば粉を混ぜることを止めて、かわりに小麦のフスマをブレンドすることにした。いうまでもなく食物繊維をたくさんとりたいからだ。
そして、ミネラルが多く含まれるというカナダ製の本物のメイプルシロップと、身体にいいという紅花油のマーガリンをつけて食べていた。この時代は長かったのだが、のちにマーガリンもあまり褒められたものではないというので、ふとオリーブオイルをパンに付けて食べることもあると気がつき、エキストラ・ヴァージン・オイルを購入してマーガリンの替わりに利用するようにしたのだった。朝食はまだまだ進化することになる。