不器用

瞳が不器用であったことは、本人が一番よく知っていた。そして、また、そのことを何度も書いている。
 軍隊時代には、不器用であることが決定的だった。なにしろ軍隊というところは要領だ、というのが持論である瞳にとって、不器用と要領はほとんど同じ意味であったのだから、軍隊内部では大変なことになった。
 まず、ゲートルが巻けない、軍靴を履こうにもチョウチョ結びができないのだ。
 また、軍隊とは員数合わせの世界である。
 瞳は計算が苦手だった。教練として洗濯物を数えるということがあったのだが、何度数え直しても、その都度、数が違ってしまう。
 終いには教官があきれ返って、もういいよ、とまで言われるのだった。
 こうしたことは遺伝するのだろうか。僕も人後に落ちない不器用さであり、なおかつ計算が苦手だ。苦手というよりは、不思議な症状をもっている。たとえば、誰かの電話番号が1237だとすると、頭の中では、正しく読んでいるのだが、ケータイでも固定電話でも1234と押してしまう。これは困る。自分の住所の郵便番号を葉書に書くときに、すでに間違えてしまったりする。

 - 筆と墨でもって文字を書くということも、ずっと苦手だった。-
 と瞳が書いているのが、『男性自身』の435回「私の駄目な」だ。
 - 講演旅行で地方の都市へ行って色紙を持ってこられると、うんざりしたものだ。というより、一種の恐怖感におそわれた。(「私の駄目な」)というのだが、僕が知る限り、瞳の書はなかなか立派なものだったと思う。

 墨痕淋漓として風格がある。また、その生原稿の美しい書体は、誰もが手本にしたくなるものであったと思っている。
 歌人であり、鎌倉アカデミアで瞳が私淑することになる吉野秀雄先生から、次のような書についての言葉をもらっている。
 -「四角い字を書くことです。正方形に書くのです。それから大きな字は大きく、小さな字は小さく書くことです。そうやっていれば、自然にうまくなるよ」
 吉野先生の字をよく見ると、いずれも真四角である。(「私の駄目な」)
 僕が見ると吉野先生の字は必ずしも真四角には見えないのだが、そういう気持で書くことが大事なのだろう。