江分利満家の方かい 山口正介

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まずは外観からと思い、庭について書いたのだが、さすがに一度では書ききれない。
 父、瞳がけっして広くはない庭に雑多な樹木の苗を多数、植えたということは前回、書いた。それは俗に雑木といわれるもので、庭は雑木林となった。
 雑木とは別に庭木というジャンル(?)がある。この違いはどこからくるのだろう。
 自分なりに考えると、庭木は庭に植えて手入れがしやすい樹木ではないか。多くはあまり大きくならない灌木であるようだ。柘植のように自然にまかせると樹形が悪く、剪定することにより姿もよくなり、葉も小さくまとまったものになる。庭木の代表だろうか。

 瞳は剪定を嫌った。ありのままの姿を破壊するのは人間の傲慢だ、というのだ。したがって雑木林にいたるのは必然であった。
 では雑木とはなにかといえば、盛大に枝葉を伸し、見上げるような大木となるものだろう。移植してから二十余年後、市内の民間団体が市内の大樹を選定するという企画を思いつき、我が家のミズキが選ばれそうになった。幹は一抱えもあるほどに肥え、樹高は三階建ての家屋ほどだっただろうか。
 あるとき、園芸を勉強しているドイツ人留学生が我が家の庭を見学に来た。寒冷なドイツでは樹木の成長が遅く、たちまちジャングル(?)になってしまう日本の植生が珍しいのだという。ことほど左様に拙宅の庭の樹木は鬱蒼として繁茂していた。

 この庭にある時期、カタクリが群生していたといったら驚かれるだろうか。雑木林にして数年後、庭は暖かで日当たりのよい地味豊かな状態になった。
 ここにカタクリを数株、植えたら、その後、毎年、芽を出すようになったのだ。しかし、一定の状態を保つことは難しく、いつの間にか姿を消した。あるときはフタリシズカやミズヒキソウが群生し、シャガがそれに取って代わったりした。草花の栄枯盛衰をみるのにも雑木林は最適であった。