待庵・考

テレビのドキュメンタリーをぼんやりと見ていた。テーマは千利休作と伝えら れ、日本最古の茶室建築であるといわれる「待庵」についてだった。この茶室のいわく因縁やら構造やらが重々しく語られていく。それを聞きながら、あれ、この話はどこかで聞いたことがあるなあと気がついた。
それはこの変奇館を設計した高橋公子さんがどこかで書いていた建築論だった。

公子さんはよく建築の外皮と内皮という言葉を使った。理科系独特の書き方で、ちょっと戸惑うが、外皮とは外壁、内皮とは内装のことだろう。
そして伝統建築の外皮と内皮が別の衣装であることが、気持ち悪いとおっしゃる。
その典型的なのが鉄筋コンクリートの近代的なビルの中に設えられた茶室、あるいは数寄屋風の居間などだという。
変奇館の場合は、当初、この外皮と内皮の違いを徹底的に廃し、発泡コンクリートのボードである壁面は外壁であると同時に内壁であった。屋根も同様なボードで葺かれたが、雨をしのぐためにビニール・シートを被せなけれならなかったのは、公子さんにとって悔しいものであっただろう。

千利休の「待庵」の話だった。
ご存じのようにこの茶室は古い朝鮮半島の民家の様式に影響されている。
壁は土壁であり、それが内部と外部を隔てる唯一の障壁となっている。
あれ、つまり、中から見ても壁は外の壁の裏側を見ていることになるのではないか。
つまり、外皮が同時に内皮である。
公子さんは最先端の発想をしていて、図らずも最も古い伝統に回帰していたのかもしれない。
今、変奇館の内壁は保温と防音のグラスウールと積層材で覆われている。公子さんの設計にはリフォームのやりやすさという利点もあった。