江分利満家の方かい 山口正介

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水没した食堂部分の改修工事を監督する頑亭さんの指示は、床と腰板は無垢材として壁は本漆喰とするというものだった。
最近の漆喰壁は石膏ボードで下地を造り、その上に漆喰を塗ることが主流になっているだろうか。
室町以来の工法に詳しい頑亭さんが、そんなことを許すはずがない。土地の大工さんが作業に入ったとき、たちまち頑亭先生からだめ出しがでた。
伝統的な竹木舞下地(たけこまいしたじ)と土壁で下地を造り、その上に漆喰を塗るというものでなければ、だめだとおっしゃる。これには大工さんも頭を抱えた様子だった。なにしろ、最近はとんと依頼れることがない、昔ながらの作業工程だ。

まずはコマイの工事から始めることとなった。僕が見学していたところによると、矢竹のような直径が一センチばかりの竹を藁で編んでいたように思える。
格子状に編み上げられたコマイの上に土壁が塗られていく。そして、その上に純白の漆喰が塗られていくのだった。
この時点では床もまだ塗装もされていない生地のままだ。二尺ばかりの腰板はすでに柿渋が塗られていただろうか。
食堂部分は幅が二間弱、長さが五間弱ほどの細長い空間だが、一切の家具が撤去されているから、なかなか壮観な広々としたものとなった。生成りの床も美しいし、純白の漆喰も綺麗だ。

頑亭さんも満足そうであったのだが、一夜明けた翌朝、関係者一同は作業現場を見てギャッと悲鳴に近い声を上げた。
部屋中の壁一面、漆喰壁に鮮やかな浅葱色の格子縞が浮き上がっていたのだ。
どうやら、コマイのアクが漆喰と化学反応を起こし、青い色素となって浮かび上がってきていたようだ。古来からの口伝にはアクの抜き方もあったはずだが、それは長い空白期間を経て失われていたのだった。