江分利満家の方かい 山口正介

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瞳が、『男性自身』シリーズの第832回「閑人独語」でサクラ材のテーブルについて書いている。
 以前、触れたように変奇館は水害にあい、半地下の部分が水没してしまった。そこにあったのは食堂兼居間と台所、風呂、そして増築前は僕の部屋であった物置だ。
 半地下で一年中、日が差さず、じめじめと湿っていた僕の部屋はワインセラーに最適であり、物置としても重宝した。しかし、そんなところが子供部屋とはね。建築家は子供はさっさと巣立つものだから、居心地などは悪い方がいいと思っていたらしい。

 それはともかくとして、水害の結果、椅子やテーブルなども使い物にならなくなってしまった。
 というより、子供部屋だった物置と食堂部分の仕切りであったベニヤの壁が水を吸って撤去せざるを得なくなったのだった。
 つまり、ダイニングキッチンは今や二十畳近い大きな空間になっていた。
 そこで瞳が考えたのは、それに見合うテーブルであった。
 頑亭先生には、これまでも文机や書き物机を造ってもらっている。いずれも銘木を拭き漆で仕上げたものだ。

 -大晦日に、ドストエフスキー(編集部註・頑亭先生の別名)作の食卓が届けられた。長さ二メートル三十センチ、幅九十センチというもので、四人がかりでないと持てない。樹齢四、五百年という桜の木である。ドスト氏が鹿児島県の山中で発見したものである。なぜ大晦日になったかというと、その日が大安であったからである。-(「閑人独語」)
 桜は山桜かウバメザクラかなにかで、ソメイヨシノなどではなかったと記憶している。 頑亭先生が設計して日野市の指物師のかたが長方形に切り出して組み立てた。彼は体格がよく、鉋で二メートル以上を一気に引けるから選ばれた。途中で呼吸をしてしまうと、そこが傷状に浮きでてしまうと頑亭先生がおっしゃった。
 

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