ようこそアンティーク・マーケットへ

こんなふうにボクが海外で見聞きしてきて不思議に思ったこと、気がついたことなどを、二年近くにわたって書いてきました。これって、いい加減に和洋折衷してきた日本に暮らしていては、なかなか気がつきにくいことなのでは。知ったから何ってことないことばかりですが、何気ない日々の暮らしを楽しくするのって、こういうことを考え、それを自分の生活にどう取り入れるかイロイロ工夫していくことなんじゃないかと思うのです。

 

我々日本人の生活は、ほとんど西洋化してきています。身の回りには舶来品が溢れています。それでも、それらの海を渡ってきた異国人の価値観で作られた道具たちを充分活用できているようには思えません。自分たちの勝手な思い込みを元に品物を評価し、利用してきたのではないでしょうか。もちろん自分たちの暮らしに合わせて使いこなすことも大切なことでしょう。でも本来の用途、使い方を理解せずに、勝手に応用しても薄っぺらなものでしかないような気もします。立場が逆になると、その傾向はより顕著です。大部分の外国人たちは日本のことなど何も知らないし、知ろうともしない。海外で使われることを想定した現代の日本製品は便利に使っていますが、日本の伝統的な物となると本来の使い方など全く無視して自分たちの使用法を見つけては、生活に取り入れています。それはそれで潔く、面白いのですが、どうも釈然としません。物と正常な関係を築けていないのではと感じるのです。

 

そんなことを意識し始めると、道具を見る目も変わってきます。舶来品だからと特別視することもなくなります。その道具がどうしてできたのか、どうしてそういう形をしているのかということを通して、背景にある文化が垣間見えてきます。ものが生み出されてきたプロセスなんて何処の国でもたいして変わりません。例えばジャガイモを剥くとか水を運ぶとか、必要な用途を達成するために、それぞれの土地に合わせて手に入り易い材料と技法を使い、工夫を重ねてきたのです。できあがった形態には環境に適応した習慣みたいなものが反映され、それが地域性となっていくのです。その違いを理解し、どう使いこなすのかが昔の道具と向き合う醍醐味なのではと思います。もちろん元の用途と同じように使うこともあるでしょうし、他の用途に転用したり、場合によっては加工したり、組み合わせたりしながら自分のスタイルを作っていくのです。

 

そんな素材を提供するために、ボクは青山でマーケットを始めました。毎週土曜日、さまざまな業者さんに出店いただき、もう百回を数えるまでになりました。日々の暮らしを豊かにする物たちをマーケットに探しにいくのは、ヨーロッパでは当たり前のこと。完全に生活の一部となっています。その文化を日本でも広めたいと考えているのです。(了)

 

 

 

 

 

 

 

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