ようこそアンティーク・マーケットへ

店を営業しているとき、そこに並べられる商品はヨーロッパまで出掛けていき、トラックで各地を廻りながら一つ一つ買い集めていました。

 

こんなことをしていると外国育ち、もしくは留学経験でもあるのではと思われがちですが、ボクが日本の外へ初めて出たのは社会人になって暫くしてからのことです。子供の頃には海外に行くなんてことは夢想だにしませんでした。今では考えられないことですが父親が出張で返還直前の沖縄にパスポートとビザをとって出かけることになったとき、当時住んでいた田舎町では近所中で大騒ぎになったものです。中学に進んで英語の授業が始まると、使うあてもないのになんで外国の言葉なんか勉強しなければならないんだと毒づいていました。それでも大学を出る頃には卒業旅行と称して海外へ出かける人も出始めましたが、自分とは無縁のことと思っていました。

 

子供の頃はいたって和風な家庭環境で育ったので日本のしきたり、作法などという事はうるさく注意されました。そんなことを言われたって、はいはいとおとなしく従うような善い子ではありません。いちいち「なんでだ!」と食って掛かります。すると理由を聞かされます。納得できるものばかりではありませんでしたが、一応筋は通っていますから仕方なく見ているところでは従うしかありませんでした。

とは言うものの日々の暮らしはどんどん西洋化していきます。理由など何も考えず,ただ格好だけ真似した西洋文化はとっても気楽でした。自由という錦の御旗を掲げ、その場限りの安直さでどんどん浸透してきました。和洋折衷という都合のいい言葉もありましたのでベースにある理念などおかまい無しに自分が楽なように変節させて取り入れてきたのです。

 

そんなボクにとって大人になって出会った現地の西洋文化はとっても新鮮で興味深いものでした。西洋的な美意識、考え方が面白くって、すっかりのめり込んでしまい、いつの間にか仕事になってしいました。それは少し上の団塊の世代と呼ばれる方々に多い憧れという感情とは少し違っている気がします。高校を出て、すぐにアメリカに移住してしまった弟は、最近になってボクのことを白人コンプレックスのない希有の日本人といいます。

 

社会人になって少しは日本の社会というものが見えるようになってから海外を出歩くようになったせいか、些細なことが目につきます。気になるとそのまま見逃せないたちなので誰彼かまわず聞いて廻ってしまいます。そうこうするうちにいろんなことが判ってきました。今まで当たり前だと思っていたことが勝手な思い込みだったり、全然勘違いだったりしていたのです。もともと早っとちりで思い込みが激しい方ですから、これから書くことも絶対とは言えません。まだ、勘違いという事も充分考えられます。まぁボクが勝手に考えたことなので堅苦しく考えず、お気軽に読み飛ばしていただければ幸いです。

 

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