ようこそアンティーク・マーケットへ

特技というほどのことではないのですが、昔から地図を片手に住所だけで、そう苦労することなく目的地に辿り着くことができました。日本はもとより、イギリス、アメリカ、フランスなどでも同様です。たぶん、先進国なら何処でも何とかなるのではと思っています。カーナビやGPSが発達した今となっては、世界中どこでも住所を入力すれば、簡単にインフォメーションを得ることができますが、昔は地図を片手に住所だけで何処でも行けるというと結構、驚かれたものです。実際、買い付けなどの古道具屋としての仕事でも、この能力には大いに助けられてきました。ボクはもともと土地勘が良く放浪癖もあって、子供の頃から自転車やバイクで知らない街をウロウロしていたおかげで自然と鍛えられていったというのもあるのですが、これは街の生い立ちを理解して簡単な規則性を見つけると、意外と誰にでも容易にできることなのです。

 

江戸時代の東京。
 
江戸時代の東京。水路の発達が目立つ。真っ直ぐ抜ける道が少なく、
ブロックごとになっているのが見て取れる。

日本では、平野部の大部分は耕作地として利用されてきましたので、土地は田畑の形に分割されており、後に宅地として転用されるようになると、それをさらに必要な大きさに分割してきました。ですから、住所のつき方もブロックごとになっています。区画整理が進んでいるところは町の大きさによって「丁目」という単位で区切られ、されに区画ごとに「番地」が振られ、更に分割されると「号」という枝番が割り当てられます。面をだんだんと細分化していくやり方で、基本は各々右回りに番号を振っていくことになります。もっとも、これは例外が多すぎて、あまり当てになりませんが。つまり、もともとは大きな区画の土地があって、その境に通路や水路が設けられていたものが、さらに細かく分割されていって、またその境に通路が設けられ・・・というのを繰り返して集落が形成されてきたのです。そして集落と集落を繋ぐために街道が整備されていったのです。

 

18世紀のパリ。今とそんなに変わらない気もする。
 
18世紀のパリ。今とそんなに変わらない気もする。道路が直線的に
結ばれているのが判る。

それに対して欧米では、まず移動のための道路から発達しました。定住するようになってくると、その道路に面したところから住居が建てられ、両面が埋まるとその通りから枝道を作っては、またその道路に面した住居が増えていって、街が広がっていきました。住所のつけ方は、総ての通路に名前をつけ、その道路に面した建物に街の中心から外へ向って、通りの両側に代わりばんこに番号を振っていきます。すると通りの片側は偶数、その対面側は奇数の番号が並ぶことになりますが、建物の大きさがマチマチなので並んだ番号が目の前にあるとは限りません。このしくみを理解すると目的地を見つけるのは簡単なこと。住所にある通り名を、どの街でも簡単に手に入るストリートマップで探し、その通りの何処かに辿り着けば、あとは番地によって道路のどちら側かとその地点からどっちの方向に何軒分離れているかが判るのです。

 

このように日本の住所が面を表すのに対して、欧米では線(道路)上の位置を表します。ですから目的地に辿り着くには西洋の住所のほうが容易なことが多いのです。不思議なことにこの街の生い立ち、住まいの中にも関連しているようなのです。それについてはまた次回に・・・

 

 

 

 

 

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