町屋の面格子

岐阜の建築現場。お茶をしながら大工が水の入ったバケツを前になにやら話し込んでいる。バケツには濡れ縁のスノコの端材が突っこんであり、それをみながら誰かが「やっぱり鼠子(ねずこ)じゃねえか?」などと言っている。鼠子なんて聞いたことのない木材だし、バケツの端材はレッドシダー。鼠子ではない。水に浸けて様子をみていたのは、端材が『鼠子に似ている』と感じたからのようだ。かれこれ20年以上も前のできごとだ。
レッドシダーは水に浸けると急激に重くなり、上げるとすぐ元にもどる。太い導管に水は出入りするけど細胞までは影響が及ばないということなのか。大工は水を含んだレッドシダーが、膨らまないし伸びもしないことを見てとり「鼠子」と判定したのだろう。
鼠子について聞いてみると誇らしげに「山奥に残っているから、採ってくれば使えるよ」と冗談を言いながら、鼠子が町屋の面格子に使われていると教えてくれた。
後で調べてみると鼠子は木曽五木の一つ。だが採り尽くしてしまった結果、大工が言うように今では山奥にしか残っていないらしい。
レッドシダーはかつてベイスギと呼ばれていた。日本人には木目が似ているだけで名前をつける悪いクセがある。見た目だけで判断するのだ。アメリカ産のスギの木目の材木はベイスギ、松の木目ならベイマツ。米国の杉なら米杉、松なら米松でいいと思うのだが『国』が『物』に変わるだけでなぜかカタカナになってしまう。しかしながら、桜を『バラ科』といわれても、にわかには納得できないのも事実だ。
レッドシダーの分類はヒノキ科ネズコ目だと、木場の材木屋の番頭が図鑑を前に説明してくれた。レッドシダーはやっぱり『鼠子』の親類だったのだ。腐れに強く、ヒノキチオールも採れる。美容液や抗菌剤として製品化したものもある。東急ハンズでは、タンスの引き出しに入れるための、石けんの大きさにカットした商品もある。効果はきっと虫除けだろう。商品名を『箱入り娘』にしたらどうだろう。悪い虫が付かないように・・・
カナダでは構造材や内装にもレッドシダーが大々的に使われている。カナダにはそれしかないの?と思うくらいだ。断面図を見てびっくりするのは、地下室の土と接する部分にもそのまま使われている。雨や湿気の影響が日本とは違うせいだろうと想像はするが、確かめたわけではない。
京都などの町屋の面格子。道ゆく人の視線をさけ、内からはよく見えるようにと断面を台形にしてほそく細かく並べられている。じつは最近知ったことだが・・・
よく通った密な木目の材で歪みを押さえ、かつ雨や腐れに強いということで鼠子が採用されている。わかりやすい適材適所だ。しかし採れなくなってしまったからには鼠子に変わるものを探さなければならない。雨に弱い材料にペンキを塗って耐候性を付加するようなこともしたくないし・・・
レッドシダーの木目の細かいものは建具にも使われている。それを使えば細い格子棒なら充分に対応できるだろう。需要があるならレッドシダーであろうと鼠子であろうと、植林して使えばいいと思うのだが、どうだろうか。

大久保邸格子