[四国40番札所]平城山 薬師院「観自在寺」

愛媛県南宇和郡愛南町御荘平城

[四国40番札所]平城山 薬師院「観自在寺」

松山インターから車で2時間、愛媛県最南端の観自在寺は、愛媛県最初の霊場「菩提の道場」で、一番札所「霊山寺」から最も遠距離に所在しているため、四国霊場の裏関所ともよばれている。
縁起によると、弘法大師が大同2年(807)に平城天皇(806~809)の勅命を受けてこの地を訪れ一本の霊木から、本尊の薬師如来と脇侍の阿弥陀如来、十一面観音菩薩の三尊像を彫造して安置し、開創したとされる。

特に平城天皇、嵯峨天皇は親しく行幸され、御朱印を下し、一切経と大般若経を納められたという。寛永15年(1638)に、京都の空性(くうしょう)法親王が巡拝され、薬師院の号を受け、その後、宇和島藩主・伊達宗利の勅願所となった。

火災などのため古い建物があまり残っていないが、約200年前に建立された総欅造りの山門にかかる山号の額は高野山401世座主直筆とのこと。また天井の方位盤は有名で、仁王像は下久家の大工作という。
山門左手には、芭蕉の句碑「春能夜や籠人遊可し堂の隅」(はるのよや こもりどゆかし どうのすみ)を御庄の岡村呉天が天保14年(1844)建立している。

昔の参道の名残がしっかり残っていて、商店街から参道に入る四つ角には、洋風の「旧土豫銀行御荘支店」昭和5年(1930)が建造され、歴史を感じさせるものでした。