森羅万象を見つめ、その営みを「青色」に託す 画家・橋本憲治さん

外観内観

 アトリエを訪ねたのは、残暑厳しい8月の終わり。一面に広がる水田やトウモロコシ畑にも、灼熱の太陽がじりじりと照りつけ、明るい緑色がいっそう鮮やかに目に飛び込んでくる。やがて静かな山の小路に入る。奥へ奥へと進む木立の隙間から、関東の四万十川といわれる清流、那珂川が垣間見える。不安になるくらい細い小路のつきあたり。高く積んだ薪。大きな、登り窯の跡。背の高い蓮。庭にある小さな畑。その奥に、大谷石の土台を持つ、手作り感のある緩やかな雰囲気の家が現れた。出迎えてくれた橋本さんは、山深いアトリエで黙々と絵に向かう厭世的な芸術家・・・というイメージを裏切る、オープンで緩やか、自然体な人。家と住む人は、呼吸まで似てくるのかもしれない。

 

内観

 橋本さんがこの家と出会ったのは、8年前。何かに導かれたとしか思えないような出来事が重なり続ける。それまで、どんな家を見ても首を縦に振らなかったパートナーの由記子さんが、ひと目で「ここならいい」と気に入った。できれば自分と同じく作家に住んでほしいと希望していた陶芸家の家主が、沖縄に移り住むタイミングだった。おまけに、その陶芸家は知人の知人だった。かけがえのない友となったダグラスさん夫婦とも、この地で出会った。近くには偶然、高校時代の友人が住んでいたこともわかった。「私には霊感などはまったくないけれど、加波地区と呼ばれるこの周辺の地域はなにか“気”がいいんです」と橋本さんは言う。

 

内観
学生時代に描いた「青」
内観
蓮のイメージから広がる「青」

 橋本さんの絵は、青い。深い海の底のような暗い青、水や空気のような明るい青、そこに、草花の色を映しこむかのように緑や赤や黄色、紫・・・さまざまな色、光のような白が加わり、目を凝らすと、脳のシナプスのように見えたり、ミクロの世界にも、果ては宇宙のようにも見えてくる。どんな思いで絵を描いていますか、と尋ねると「絵の中に入っていけるような、静かな絵を描きたい」との答え。その言葉通り、心に静けさをもたらしてくれる、青の絵だ。作品を描き出す時には、キャンバスに数滴絵の具を落とすことからはじめるという。その、自然に生まれ出た染みからイメージを広げていく。キャンバスの素材でも違うし、むき出しで保管しているので色も変わるし、汚れを布でふいたりするのでまた表情が変わる。誕生から進化する様も、まるで生き物のようだ。

 

「そういうこと」可視化できないもの ―ガラス、木、アクリルほか
「そういうこと」可視化できないもの ―ガラス、木、アクリルほか

 ここに移り住んでから、さらに作品は変わってきた。庭で育てている大きな蓮のイメージや、奥様の染物に使う柿渋、植物の緑・・・この場所にたゆたう空気を孕んで、どんどん作品も育ってゆく。変わらないのは作品の根底に流れる青。静けさ。生まれ来るもの、消えゆくもの、という無常観。昨年の震災後にも、大きな変化があった。「形のない自然」をテーマに描いてきた橋本さんが、「形のない自然を破壊するもの」に対して起こした行動は立体を作ることだった。由記子さんとともに作ったインスタレーションの解説にはこうある。「3.11福島原子力事故以来、私たちの中に住み着いた、網膜に映ることのない物質・・・せめて形あるものならば・・・」

 橋本さんはいま、道の落ち葉をかいたり、庭の畑仕事をしたり、川で泳いだり、野良犬と戯れたり、いつも自然と対峙しながら作品をつくっている。この場所は、そんなふうに生命の神秘に真摯に向き合い、その営みの素晴らしさ、不思議さを表現する本物のアーティストたちを導いてくる「気」が、確かにあるのかもしれない。


野良犬もアトリエに遊びにくる

橋本憲治 プロフィール

1955年 東京生まれ
1975年 日大芸術学部美術学科油絵科卒業
1978年より毎年、個展を中心に作品を発表。グループ展多数(韓国、タイ、ベトナム等)
2004年より栃木県芳賀郡茂木町のアトリエにて作品制作

 HP http://www.khashimoto.com/



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