雑誌「チルチンびと」77号掲載 小笠原からの手紙
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本誌74号(2013年冬号)の当連 載「ボニンブルーが育む海鳥たち」で、 海鳥たちは、海と島を結ぶ「生命の環 の要」であることを紹介した。今回は 「海鳥たちの過去・現在・未来の物語」 をお届けしたい。 過去の物語. 海鳥たちの受難の歴史  「人と海鳥の物語」は18世紀まで遡る。 かつて欧州で、保温性にすぐれた「羽 毛布団」はごく限られた人びとの富を 象徴する超高級品であった。産業革命 以降、機械化によって量産が可能とな り、羽毛布団は大衆化していく。 19世紀末から20世紀初めにかけて、太平洋 の海鳥たちは大量の羽毛を得るために 乱獲された。  列強国の覇権争いという荒波の中に あった日本でも、盛んに羽毛採取が行 われた。特にアホウドリ類の羽毛は、 金や生糸とならぶ輸出品として、日本 の経済を支えた。  小笠原は羽毛採取の主な舞台の一つ になり、多くの海鳥が激減した。特に 数万ともいわれたアホウドリでは地域 個体群が絶滅した。現在の知見に照ら せば、失われたものは海鳥だけではな かったことがわかる(本誌74号参照)。 海洋島の生命の連鎖が、運び手たる海 鳥とともに失われたのだ。 現在の物語. 明日への試行錯誤  今、小笠原では自然を再生させよう とする取り組みが盛んだ。受難の時代 をくぐり抜けた海鳥たちも対象である。 アホウドリの繁殖地を人為的に復活さ せようとするプロジェクトは有名だ。  私たちが取り組んでいる試みもある。 母島の南崎には大型海鳥のカツオドリ の小さな営巣地があった。有人島にお ける大型海鳥繁殖地は、小笠原といえ ども希有な存在だった。背景に母島属 島が連なる景観の良さから「日本野鳥 百景」にも選ばれていた。しかし、野 生化したネコに食い荒され、私たちが 気づいた2005年には、この野鳥百 景はすでに風前の灯火となっていた。  実は、小笠原は日本で最も早く飼い 猫の登録条例をつくった島だった。集 落地域を中心に、少しずつ事態は改善 されているはずだった。しかし、飼い 猫から野良化したネコが、人里を離れ 山深くに分け入り、さらに海に突き出 した半島部にまで至り、人知れず繁殖 地を食べ尽くそうとしていた事実は、 私たちに衝撃を与えた。  小笠原の有人島最後となった大型海 鳥の繁殖地=〝海と陸との生命の環〟を、 維持しようとする闘いが始まった。自 動撮影機を設置してパトロールを行い、 フェンスをつくり……しかし、最大の 問題は小さな島で海鳥を獲ることを覚 えたネコの行き先だった。今にも頓挫 しそうな取り組みは、思いもよらぬ内 地(日本本土)の助けを得て本格化する。 東京都獣医師会が野生化した小笠原ネ コの受け入れを表明してくれたのだ。 今年で8年目を迎えるこの特異な取り 組みは次号でご紹介するが、海鳥をめ ぐる現在の物語も、小笠原の大自然・ 野生と、私たち人間がいかにして共生、 共存していくか、その試行錯誤の一つ なのだ。 未来への物語. オガサワラヒメミズナギドリ  「オガサワラヒメミズナギドリ」。2 012年夏に和名が決まったばかり、 日本で最も新しい名前を持つ海鳥だ。  この数年間、小笠原の私たちは図鑑 にない不思議な海鳥の生息情報を抱え ていた。同じ頃、海をはさんだハワイ では、海鳥標本の再整理時に過去に記 録のない|つまり新種の海鳥|が 掘り起こされた。しかし、現在のハワ イでは見ることができないことから、 「すでに絶滅している可能性の高い新 種の発見」という、ややこしい発表が 2011年になされた。  すぐに、私たちは「ブライアンズシ アウォター」と命名されたその海鳥と、 小笠原の不思議な海鳥を比較し、形態 的特徴やDNAから両者が同じ鳥であ ることが判明した。こうして2012 年に、絶滅している可能性が高いとさ れた「ブライアンズシアウォター」の 生息が小笠原海域から確認された。絶 滅鳥再発見のニュースは世界をめぐり、 日本語での呼び名は「オガサワラヒメ ミズナギドリ」と決まった。 海鳥たちの手紙  2011年3月11日の津波がミッド ウェーの島々にも及び、万という単位 のコアホウドリやクロアシアホウドリ たちが死んだことはあまり知られてい ない。海に生きる彼らは、そのような 困難に幾度もさらされてきたはずだ。 あらためて、「絶滅」の重さと、「絶滅 しないで生き延びる」ことのすごさが 胸に迫る出来事だった。  ボニンブルーの海は、時空を閉ざす カーテンとなって、時には多くの生き 物の到達を阻み、同時に奇跡的にたど り着いた生き物たちに小笠原独自の進 化を促した。時空のカーテンを自由に 飛び越えながら、海や島とともに生き てきた海鳥たちは、海洋島・小笠原の 生命のなりたちを、時折そっと語って くれる。海鳥は地球に生きる大先輩な のだ。  この星と寄り添い長生きする術につ いて、私たちはまだまだ学ぶことがあ るはずだ。これからも彼らの手紙を拾 い続けたい。

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