雑誌「チルチンびと」74号掲載 小笠原からの手紙
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P171  ボニンブルー。  外洋に浮かぶ小笠原。透明度が高く、 光彩に満ちた海の色を形容する言葉だ。 今回は、ボニンブルーに生きる海鳥た ちを紹介したい。 海鳥という生き物  海鳥のすみかは、広大な海原だ。地 肌が見えないほど密生した羽毛は、羽 繕いによって脂を塗りこまれ、ドライ スーツ顔負けの防水・防寒衣となる。 水かきを持ち、海面を走り、潜り、海 洋資源を餌とする。長い翼で、ほとん ど羽ばたかずに長距離移動するものも いる。絶食にも強い。海鳥たちは、も う一つの宇宙とも言われる「海」で生 きるために、陸鳥とは似て非なる身体 を獲得してきた。 海鳥の繁殖地・小笠原  しかし、海に適応進化した身体は、 陸上では少々勝手が悪い。水かきはダ イビングフィンを履いたまま街を歩く ようなものだし、長すぎる翼は、風の ない陸地では飛び立つことすらできな い。しかし、海の住人も陸地に降りる。 休息、そして子育てのために。日本で は約40 種類の海鳥の繁殖記録があるが、 小笠原諸島はその4割以上になる 17種の報告がある。夏、北の海で餌をとり、 冬、子育てのために飛来するアホウド リ類、反対に南の海域から北上して子 育てするミズナギドリの種類もいる。 絶海の孤島群・小笠原諸島は、海への 適応が特に進んだ外洋性の海鳥たちの ゆりかごだ。 小笠原の海鳥・ 出迎えのカツオドリ  おがさわら丸で東京を出て一昼夜、 小笠原諸島に近づくと、大きな海鳥が 歓迎するように寄ってくる。カツオド リだ。日本の南の島々に分布し、小笠 原は国内屈指の繁殖地。翼を拡げると 1・5メートルになる大型海鳥で、褐 色と白のコントラストに、嘴と一体に なったマスクが印象的だ。目元が青い と♂、クリーム色なら♀という雌雄判 別までデッキから楽しめる。ついてく るのは、船に驚いて海上に飛び出るト ビウオを捕食するためで、熱心に観察 すれば、飛び込み競技の如き豪快な狩 りを見ることもできる。カツオドリは 春から秋に小笠原の島々に滞在し、子 育てをする。真夏には、まっ白な綿毛 のヒナを離礁の崖に見ることができる。 オナガミズナギドリの クリスマス  カツオドリとともによく目にするの はオナガミズナギドリだ。春から初夏 に飛来、地中に巣穴を掘り産卵する。 晩秋までの長い子育てで、1ペアから 巣立つのは1羽のみだ。ミズナギドリ の多くが、長い翼でグライダー飛行し、 夜間に海面の発光体(イカ・エビなど) に集まるが、この習性が裏目に出て人 工灯に誘引され不時着する。本来、不時着は彼らにとって大きな失敗ではな い。補助輪を外した自転車で、子ども が膝をすりむきながら上達する程度の ものだ。しかし、現代の有人島では照 明や建物へ激突する危険がある。無傷 で不時着しても車とネコが待っている。 陸地が不得手な海鳥にとって有人島へ の不時着は命取りになってしまう。  ミズナギドリ類の中で最も多いオナ ガミズナギドリは、巣立ち鳥の不時着 も多い。半年かかってやっと巣立った 命だ。この季節は夜間パトロールが欠 かせない。ここ数年、省電力ライトの 普及に伴うクリスマスのライトアップ の増加が新たな課題になった。「小笠 原のクリスマスはオナガミズナギドリ が運んでくる」、そんなユーモアに富 んだ観光ガイドさんのキャッチコピー に助けられて、昨年は巣立ちが終わる まで、多くの方がライトアップを我慢 してくださった。「共生の鍵」は、現場 における小さな工夫や行動の中にある。 海鳥が運ぶもの  2007年、25 年ぶりの南硫黄島調 査隊に参加する機会にめぐまれた。同 島は成立以来、人が定住した記録がな く、ネズミなど外来種のほとんど見ら れない、今や世界でも希有な島で、原 生自然環境保全地域として人の立ち入 りが禁止されている。この調査は、す でに失われている小笠原の原生自然を 往くタイムマシンの旅でもあった。  トリップ中に隊員たちは「原生の小 笠原は海鳥の島」という強烈な印象を 持った。アナドリ、シロハラミズナギ ドリ、セグロミズナギドリ、クロウミ ツバメなどの地中営巣の小型海鳥たち が、海岸から山頂までこぼれんばかり にひしめきあっていた。その数は、数 万から数十万羽とも推定され、足の踏 み場もない巣穴の斜面に、夜になると 雨のように海鳥たちが降ってきた。台 風通過後の森には放棄された卵や海鳥 の死体が累々とあり、まるで海鳥たち の死体が直接土に還り、森を育ててい るかのようだった。 「南硫黄2007」は、海洋島・小笠 原の生態系の成り立ちを考え直すきっ かけとなり、後の研究から栄養資源に 乏しい海洋島において、海から陸へ生 物の栄養となる塩類等を供給する海鳥 たちの果たしている役割が再評価され た。海鳥は海と島を結んでいる。  今、小笠原では失われた自然を少し ずつでも取り戻そうと、さまざまな試 行が行われている。海鳥たちは、生き 物たちの大切さとともに、綻びかけた 生態系の姿と、本当に回復させるべき は「海洋島の命の環」であることを教 えてくれている。  次の機会に、ボニンブルーを舞台に した新しい海鳥たちの物語について紹 介したい。 野生動物等の写真は許可を得た調査で撮影したものです。

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