雑誌「チルチンびと」72号掲載 小笠原からの手紙
1/2

114 幻の鳥  「幻のハトが出た」。それは小さな ニュースだった。世界自然遺産登録 の 10 年以上も前のこと。年に一度だ け八丈島を経由する「おがさわら 丸」が入港し、のんびりとした島暮 らしが少し華やいだ初夏だった。島 のお年寄りたちが「一度も見たこと がない」と口を揃える「アカガシラ カラスバト」が、町 はずれの保育園周辺 に現れたのだ。子ど もの自転車が並び、 近所の整骨院で話題 になり、幻の鳥を見 に島民が集まった。  草の実をついばみ、 車やネコとニアミス し、人の姿に首をか しげ、ジッと固まって休息したりし ながら、幻の鳥はほとんど飛ぶこと なく小さな路地を歩きまわった。思 えば、当時の行動に幻の鳥の特徴が ギッシリ詰まっていたのだが、その 時は気づかなかった。ともかくこれ が、私たち小笠原自然文化研究所が 本格的にアカガシラカラスバト調査 を始めるキッカケになった。  数日で訪れる人もいなくなった。 蚊に猛襲されながら日の出前から日 没まで2週間張り付いた。人の姿が 消えるとネコのマークが厳しくなっ た。関係機関と相談し捕獲して山で 放鳥した。この時初めて「幻の鳥」 に脚環を付けた。左右の赤白リング から「紅 こう 白 はく 」と呼び名がついた。 楽園の名残り  世に「幻の鳥」は多いが、アカガ シラカラスバトは「本物の幻の鳥」 だった。当時、小笠原諸島全体で数 十羽とも言われ、町はずれに出現し た父島では「残り数羽.多くて 10 羽」と推定する専門家もいた。そう 考えるのには理由があった。人間の 入植から200年弱の間に多くの野 生生物が絶滅した。小笠原群島の陸 鳥に限っても、オガサワラガビチョ ウ、オガサワラマシコ、ムコジマメ グロ、オガサワラカラスバトの4種 が絶滅し、今に生き延びた群島の固 有・固有亜種は6種のみだ。  絶滅鳥の特徴に「地上徘徊性」が ある。飛ぶ能力が失われた鳥もいた。 海洋島で進化した彼らは、人を含む 捕食者に対して防衛手段を持ってい なかった。永遠に続くかのような地 上捕食者のいない暮らしは、無垢で 無防備な生き物たちの楽園を誕生さ せた。アカガシラカラスバトは楽園 文と写真*鈴木 創(小笠原自然文化研究所) 幻の鳥・アカポッポ 小笠原からの手紙⑥ 木生シダが生い茂る湿性なハトの森。 「紫色に輝く」という学名をもつ森の鳥。 アカガシラカラスバト (愛称アカポッポ) 小笠原固有亜種、国指定天然記念物。「ウ.ウ.」 と太い声で鳴く。地上徘徊性が強く、植物種子等 を好む。小笠原諸島全体で100 羽以下と推定。

元のページ  ../index.html#1

このブックを見る