雑誌「チルチンびと」85号掲載 京都大原の山里に暮らし始めて
3/4

6は頼んでみたのだ。 戸寺町の路地を登って行くと、近所のお爺さんが「どこに行くの?」と気軽に彼女に話しかける。村を抜けて扇状地状の谷間に着いた。かつては、よく手入れされた段々畑が広がっていたようだが、今では自然に帰りつつある。 「ここがウチの野菜畑です」とノリちゃん。害獣除けネット柵の中にはキュウリ、モロッコ豆、ゴーヤ、オクラ、万願寺唐辛子、トマト、ナスがたくさん育っていた。 ノリちゃんは幼い頃から、お父さんや祖父母、叔母さんたちに付いてよくこの畑に来た。雑草の花を摘んで遊んだり、畑仕事の手伝いをしたそうだ。この畑で過ごした時間が、彼女を花好きにしたのだろう。祖父母やお父さんが亡くなってからも、ノリちゃんは一人でここにやって来る。土を耕すなど力仕事はお兄さんがやるが、野菜を植えて収穫するのはノリちゃんの仕事だ。野菜たちの活力を盛り上げるかのように、畑の中央にはメドウセージの紫色の花が咲いていた。 続いてノリちゃんが一人で耕してつくり上げたお花畑がある最上段に登った。害獣除けネット柵をくぐって中へ入ったが、僕の期待していた花が咲き乱れる別世界ではなかった。混沌とした、カオスのような……。 「なんか、むちゃ……ワイルドやなあ!」と思わず口に。どこまでが育てている花で、どれが野生の草なのだろう? また、どこをどう歩いたらいいのか……? 僕はその場に突っ立っていた。そんな不安な僕の心情を気にせず、ノリちゃんはお花畑の説明を始めた。 「このブルーベリーとグズベリーの実は、鳥に食べられないようにわざとこの雑草で隠しているんですよ」。 以前、雑誌の取材で我が家の庭に著名作家が来た。ちょっと困った顔の作家に、ベニシアが庭のハーブの説明を始めると、彼の顔はだんだん明るくなった。 「じつは草だらけの庭かと思い、どう書こうかと困っていました。これってハーブなんですね」と作家は正直に打ち明けてくれた。我が家の庭は、草だらけで花が少ないと批判されることが、しばしば。人は、自分の持つ既成概念から外れたものを排除したいと思うものなのだろう。 「このジギタリスは日本の野生種です。大原は暑いからもひとつ元気がないのかなあ。このギボウシは元気がよくて増えすぎるんで『ゴメンな』って言って、切らせてもらうんです」。ノリちゃんは、よく植物に話しかけるそうだ。 今年の5月に第17回国際バラとガーデニングショウが埼玉の西武プリンスドームで開かれ、我が家の庭も参加した。ノリちゃんは会場に出向いて、協力してくれるガーデナーたちと一緒に、会場に大原の我が家の庭を再現してくれた。 「フラワーデザイナーとガーデナーは花に対する感覚が違うのかもしれvol.23「秘密の花園」を見に行く 6月のある日、僕は大原の酒屋さんを訪ねた。目的は、この店の看板娘のお花畑。35年前から、僕は大原の金比羅山という岩山に岩登りに通っていて、岩登りの後は、ここでビールを買い、バスを待った。大原に越してくる前は、京都市街地で僕は暮らしていた。その頃、小学校低学年のノリちゃんが、店頭で遊んでいたことを覚えている。 そのノリちゃんが、今では我が家の庭の手伝いによく来てくれる。彼女はフラワーアレンジメント講師の資格を持つフラワーデザイナーだ。ノリちゃんは自分のお花畑を持っていると聞いたので、ぜひ見たいと僕畑で今収穫したばかりのキュウリ、ナス、万願寺唐辛子を見せてくれるノリちゃん。畑の脇を流れる澄んだ小川で野菜を洗う。右:ブラックベリー。左:グズベリー。

元のページ 

page 3

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です