雑誌「チルチンびと」80号掲載 京都大原の山里に暮らし始めて 梶山正
3/4

12 ちょうど梅の花が満開の頃に、キッチンの改装工事が終わった。昨年末に橋本勝かつ工務店に頼んだ風呂や下水道関係の工事のときに、キッチンも同時に進めるつもりでいたのだが、寒いので先延ばしすることにしていた。暖かくなってから着工することと、消費税増税前のタイミングが、ちょうど梅の花の時期となったのだ。 築100年になる我が家の炊事場はかつて土間にあったようだが、その後、前の持ち主が和室に移動させていた。とはいえ、和室の縁側に流しと調理台をそのまま置いて、ガスと水道を引いただけの簡単なものだった。換気扇を付けていなかったので、肉を焼いたり、中華炒めをすると煙で周りが見えなくなった。また、薄暗いので、電灯を点けていなければ昼間でも手元が暗かった。改装の目的は、明るくすることと換気扇を付けることだ。 「キッチンの壁の仕上げはどうしましょうか?」と下見に来られた橋本さん。僕は無垢の木材がいいと思っていたのだが……。 「下地の耐火ボードの壁の上にステンレスの板を張るか、タイルや煉瓦、石材などで仕上げるのはどうですか?」 「タイルがいいわ!」とベニシアが目を輝かせた。 ベニシアは5歳から1年間、スペインのバルセロナで暮らした。母ジュリーの3回目の夫との新生活の場ルやテラコッタ、石材などが敷き詰められている。そこは、土や芝生で被われたイギリスの庭とはまったく違う雰囲気だったことをベニシアは覚えているという。さらに、バルセロナといえば建築家アントニオ・ガウディの建築物がある町だ。曲線とカラフルなタイルを多く使った不思議な雰囲気を持つ建築物の印象が、幼いベニシアの心にも深く残ったそうだ。 大原に住むようになって間もない頃、ベニシアは裏庭にある井戸を囲う壁が、むき出しのブロックの壁で美しくないと嘆いていた。そのうち、彼女は割れた青磁器の破片などを集めてそこに貼り、モザイク模様の壁に変えていた。また、雑貨屋や骨董品店で面白いタイルを見つけては少しずつ買い集めて、調理台や薪ストーブの耐火壁などに自分でタイルを貼って、お気に入りの雰囲気に変えていた。おそらく、ベニシアはタイルが大好きなのだ。 キッチン改装工事は、土壁を削って広い窓枠を取り付けて、そして大きな換気扇もすぐに設置された。ところが、橋本さんが悩んだのがタイルであった。が、その地であった。ベニシアはバルセロナに面した地中海で、初めて泳ぎを覚えたそうだ。  スペインの建築物の外壁には、装飾用にタイルがよく使われる。また、食事の場ともなる中庭の床は、タイ天窓の明かりがキッチン全体に広がるように、上部の土壁を撤去した。流しの窓から裏庭が見えて、食器洗いも楽しくなった。以前はトイレだったところをラーダ(英国版食料保存庫)に改装した。

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る