雑誌「チルチンびと」64号掲載 京都大原の山里に暮らし始めて 梶山正
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1996年6月 15日の朝、決められた時刻よりも少し早く、僕たちは新居に着いた。新居といっても築100年の古民家だ。今日からこの家での生活が始まるので、僕たちは早く掃除して荷物の整理に取りかかりたいと思っていた。家は長い間使われていなかったので、すぐに暮らせる状態ではなかったのだ。  売主は、新居の斜向いに住んでいる。僕が車を停めている間に、ベニシアは売主へ挨拶をしに行ったが、浮かぬ顔をして戻って来た。「約束した時刻よりも来るのが早い」と機嫌が悪かったそうだ。「ベニシア。今日これから、僕たちはやるべきことがいっぱいあるし、あまり気にすんなよ! あの人は家を売って、ちょっと寂しくなっているんじゃないかな」  ベニシアと前田さん(ベニシア英会話学校の女性スタッフ)は、家に入るとさっそく掃除に取りかかった。僕はまず2歳半の悠仁と家の探検隊を結成した。部屋は全部で13あったが、そのうちの4部屋は窓がなく真っ暗な空間だ。押し入れや物置きとして使う部屋のようだ。「お父さん。あそこに、まっくろくろすけがいる!」  悠仁は真剣なまなざしで暗闇を見詰めている。まっくろくろすけとは『となりのトトロ』に出て来る、民家の暗闇に住むキャラクターだ。  探検隊は、各部屋をカメラで撮影 して回った。生活が始まる前の様子を記録しておきたかったからだ。と ころが、ベニシアの一言。 「あなたたち、何しているの? この忙しいのに写真なんか撮っている場合じゃないでしょう!」 僕と悠仁は顔を見合わせた。どうやら探検隊解散の潮時になったようだ。そのとき撮った写真が前号掲載 夕飯は、薪ストーブに燃えるヤマザクラの熾火に網を載せて、悠仁が牛タンステーキを焼いてくれた。ベニシアはワインを飲んでリラックス。春から秋までは、100種類ほどのハーブが育つ庭。冬の間は松、サツキ、モミジ、梅などの樹木が庭の主役だ。 

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